小説

『ふくらはぎ長者』薪野マキノ(『わらしべ長者』)

 奥の扉はかなり大きい。ぼくの身長の倍ほどの高さで、幅はさらにその倍だ。
 扉の前まで来て振り向くと、駅員たちが携帯電話のカメラでこちらをしきりに撮影していた。カシャッ、だだだん、はいチーズ、バッシャーン、どよん、ぼてっ、ピシィッ、ででででで、クワーッ、様々なシャッター音が木霊していた。
 半分開いた扉を押してみる。ゆっくりと開いた。
 駅長は扉のすぐ後ろに立っていた。微笑みながらぼくを招き入れ、椅子に座るよう促したが、椅子がひとつもなかったので立っていた。
 椅子どころか、壁も天井も床もない。すべて真っ白なのだった。
「きみかね、わが駅に貢献してくれたというのは」
「たまたまお役に立てたようで、よかったです」
「いや、実にありがたい。この駅はきょうお客が来なければ閉鎖されるところだったんだ。この通り、駅長室はほとんどなくなりかけている。きみのおかげで、明日には戻ってくると思うがね。きみ、バーボンは飲むかい」
 駅長は、かつて棚があったらしいところに立って、酒をグラスに注ぐ仕草をした。
「いえ、ぼくは結構です」
 駅長はグラスを口元にあてて静かに傾け、おいしそうにバーボンを味わっていた。そのように見えた。
「きみの貢献は神の恵みに等しい。どんなに感謝しても、し尽くせない」
 駅長は真っ白の空間のなかに腰かけた。腰かけたように見えている。
「だが私はいいことを思い付いたのだよ、きみに駅長の座を譲ろう。私がどれだけ頑張ってもこの駅に活気は戻らなかった。きみなら、この駅を必ずや繁栄させてくれる」
「いえ、そんな、駅長なんて」
「いや、私には分かるんだ。まだ気付いていないかもしれないが、きみには駅長の才能があるのだよ」
「いえ、ほんとうに、たまたまなので」
 駅長はにわかに立ち上がって、何もないところで地団駄を踏んだ。音も何も鳴らないので、滑稽なダンスのようだった。

 

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