小説

『ふくらはぎ長者』薪野マキノ(『わらしべ長者』)

「ありがとうございます、ありがとうございます、ついにこの駅にも活気が戻りました、ありがとうございます」
 はじめの駅員なのか後からやってきた駅員なのか、顔が同じなので分からないがしきりに私の手を右左交互に握りしめてお礼を言ってくれた。
「いや、たまたま、乗客がたくさん入った鼻を持っていたもので」
「いやいやそんな、お客様がたくさん入った鼻をたまたま持っておられるなんてこと、あるはずがないでしょう」
 確かにそうだ。
「この駅のことを考えて連れて来て下さったのでしょう、なんとお礼を申していいやら、とにかくもう、感謝でいっぱいです」
 数人の駅員に取り囲まれて強引に改札を通され、従業員以外立入禁止と書かれた扉の奥へ引っ張っていかれた。通路は壁が緑色、天井と床が灰色で妙にぴかぴかと光っていた。途中から通路は坂になり、曲がり角を何度も曲がりながら下りていく。駅員たちは口々に感謝の言葉を述べていたが、どこへ連れて行くかは言わず、ぼくの腕やら腰のベルトやらをしっかり掴んで離さない。
 弱ったな。バスの時間が過ぎてしまうかもしれない。
 幾つ目かの角を曲がったところで、幅広く真っ白な通路が現れた。眩しくて目を細めた途端、駅員たちが急に手を離したので大きくよろけた。ぼくがよろけると通路は大きくぐにゃりと曲がり、奥にある扉が開いた。
「この先が駅長室でございます。駅長があなた様を待っておられます」
「私たちはここで失礼いたします、ここから先は、おひとりでお進みください」
「駅長室へ入るのはとても名誉なことでございます。私たちはその白い通路にさえ、足を踏み入れることはできません」
「さあ、どうぞ」
「さあ、さあ」
 駅員たちがバリケードのように並んで立っているので、引き返すことはできそうになかった。掴まれてよれた服を軽く直して、通路に足を踏み入れた。背後でどよめきが起こる。奥へ進めば進むほど、眩しさは軽減された。

 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13