小説

『泥田坊』化野生姜(『泥田坊』『鶴巻田』『継子と鳥』)

私が教授の手帳を読み終わると、辺りには嫌な静寂がただよっていた。
頭上の蛍光灯がちかちかと瞬いている。

私は教授の書いた話を笑い飛ばす気にはなれなかった。
私はあの異質な者達を見て、そして触れてしまっていたからだ。
私の頬を冷たい汗が流れた。
私は考えた。教授はどうだったのだろうかと。
あの泥にまみれた教授の姿が、件の化け物に連れて行かれた結果だとでもいうのだろうか。
禁忌の田を汚し、泥に押しつぶされ、殺されて。
では、では私はどうなるのだろう。
私の脳裏には、あの引き潰された泥人間達の姿がありありと浮かんでいた。
私も、教授と同様に禁忌を犯してしまったのではないだろうか。

そのときだった。
ドア越しに、廊下の向こうから何かがやって来る気配がした。
それと同時に携帯電話が鳴り出し、画面を見ると発信元が病院と書かれていた。
私は一瞬だけ外に気を取られたが、すぐに携帯電話を手に取った。

「もしもし」
『ああ、もしもし。金子さんですか?』
電話の主は教授の担当医のようであった。
『先ほど検査が終わったのですが少し困った事になりまして。』
「というと…。」

廊下の気配はゆっくりながらも、だんだんとこちらに近づいてきているようだった。私は嫌な考えを追い払うように電話の会話に集中する事にした。

『ええ、先ほどの解剖の結果、やはり死因は泥による窒息死という事なのですが…その…。』
「何かありましたか?」
 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10