小説

『泥田坊』化野生姜(『泥田坊』『鶴巻田』『継子と鳥』)

そうしてそのまま、ソナーは泥の中へと姿を消した。
辺りには重苦しい静寂と暗くなったモニターだけが残されていた。

「『泥田坊』って知っているかね。」
教授はほんの少し窓を開けると、しめ縄の張られた田んぼを見ながらビールを飲み始めた。空には月が浮かび、周囲には虫の音が聞こえている。教授はワゴン車の中でふてくされたようにつまみのピーナツを齧ると私の方を向いた。

「田植えの仕事をしない人間を戒める為の妖怪なんだが、その手の指が三本だと言われているんだよ。本来人間の指は五本あってその内三本が欲を表しているそうなんだが、残り二本の指が徳や知恵を表していてそれで煩悩が押さえられているというんだ。だがね、その妖怪には欲しかないものだから三本しか無いんだそうだ。笑っちゃうよな。」
そう言うと教授は車の薄暗い電灯の中でヤケになったように笑った。

あのソナーがなくなってからここに残ろうと言ったのは教授であった。
教授の言い分では、ソナーが無くなったのは部分的な地盤沈下によって水中内で下に引き込む力が急に強くなり、そのせいでソナーが引っ張られたという話であった。

だが、私には信じられなかった。私は確かに見たのだ。
あのソナーを引き込む三本指を。あの泥にまみれた指を。
あれは確かに何者かが水中からソナーを引っ張り込んだとしか思えなかった。

「大丈夫だよ、金子君。そんな神妙な顔をすることはない。予備のソナーがもう一台あるし、明日になればもう一度調査が出来るさ。ダメになったソナーの始末書は私の方で書いておくからさ。」
教授はそう言うと、笑いながらジュースの缶を開けた。

「ほら、金子君も飲んで。運転手だからノンアルコールしか出せないけどね。」
そう言うと教授は私にジュースをよこし、それからぐびりと自分の持っているビールを煽った。そうして持っていた缶をちゃぷちゃぷと揺らすと、教授はまた独り言を呟き始めた。
 

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