小説

『泥田坊』化野生姜(『泥田坊』『鶴巻田』『継子と鳥』)

私が手帳を開くと、やはりそこには「鶴巻田」の伝説とその周辺についての情報が詳細に書かれていた。その中には私が教授から聞いた伝説の原文やその出所、周辺で行われている祭事についてまで事細かに書かれていた。
そうして、その中でもとりわけ私の目を引いたのは「鶴巻田と神隠しについて」という書き込みであった。

それによると鶴巻田の伝説が語られていた地域の周辺では行方不明事件が多かったとされていた。それはその地域での他の昔話にも残っており、教授が語っていた三人の継子が行方不明になるという話もそれに含まれていた。伝説ではその子ども達は殺した継母の元に鳥の姿として戻り、継母と実父に罪の告白をするそうなのだが、教授はこの地域の人間の行方不明率が以上に多く、この話はそれをなぞったものだと書いていた。

さらに教授のメモには、近年でもこの地域では神隠しが起こっているという事が書かれていた。警察への届け出によると、その地域では毎年、車による乗り捨てが後を絶たず、教授が知人を使って調べたところによれば車はドアが開き、車内に泥がついた状態で田んぼの近くの林やあぜ道の側の森で乗り捨てられているのだそうだ。そうして車内の手がかりから持ち主を特定するとそのほとんどが行方不明になっていて、その度に警察内部では話題になっていたらしい。

そうして、教授のメモには最後にこう書かれていた。
『私の地域では五月の中頃にひとつの田んぼにしめ縄を張る。だが、その日は決して外に出てはならないと私は教えられてきた。何故かと聞かれれば、祖母はその日に外から土を持ち込めば、泥田坊に連れて行かれるとそういうふうに私に言い聞かせていたからだった。
だが調べたところによると、泥田坊とは人々の怠慢を戒める為の神のような存在であり、この地域で言の葉に上る泥田坊とは何かが違う感じがするのだ。もし私の地域のそれが農民を戒めるための神であるならば何故働いている人々まで外に出てはならないのであろうか。
だから私は思う。それは本当に泥田坊なのかと。
もしかしたら、あのしめ縄の張られた田んぼから来る生き物はもっと得体の知れない、人間を求める何かではないのかと私は思っているのだ。そうして連れて行かれたものたちこそが、あの三本指の怪物になってしまうのではないのかと私はそう考えているのだ。』
 

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