小説

『泥田坊』化野生姜(『泥田坊』『鶴巻田』『継子と鳥』)

教授は後部座席の下で頭部以外が全て泥に埋まった状態になっていた。
泥にまみれた蒼白な顔は恐怖で歪んでおり、開いた口には大量の泥が入り込んでいた。瞼一つ動かさないその姿はとうてい生きているようには思えなかった。

私は慌てていたのだろう。とにかく教授を病院に連れて行かなければ思い、運転席に座ると車のエンジンをかけた。
そうして私はライトを点け、照らされたものを見て悲鳴を上げた。

田んぼのあぜ道に、のたくる数体の人間がいた。
泥にまみれたその姿は男とも女とも判別出来ず、三本の指を使い地面を引っ掻いては何かを喰っていた。それらは飛び出た目玉をギョロギョロと動かすと、こちらの方をじっと見つめた。

私はとっさにアクセルを思い切り踏むと、そいつらめがけて車を突っ込ませた。
奇妙な事に、それは何かを轢いたという感触ではなかった。それに車がぶつかると泥のしぶきが辺りに飛び散り、人のようなものは跡形も無く消え去った。

私は息を切らせるとその生き物を轢いてしまった事に対し罪悪感を感じた。
だが、それも長くは続かなかった。目の前の田んぼからまた一つ、二つと腕が飛び出しているのが見えたのだ。
その指もやはり三本であった。
私はもう一度アクセルを踏み込むと公道へとそのまま車を走らせた。
私は、後ろを振り返るような事はしなかった。
これ以上何かを見てしまったら私の精神が保たない、そう感じていたからである。そうして私は町の灯りが見えてくるまで必死に車を走らせた。

病院の待合室に教授の家族が来ると、私はその場を引き取り泥のついたワゴン車を転がして大学へと向かった。
 

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