小説

『日向の蛙』枕千草(『カエルの王さま』)

「アキちゃんの地元って、けっこう田舎なんだっけ」
 いつのまにか走り出していた新幹線の車窓に顔を向けて郁人が言った。落ちかけた夕日で染まる窓の向こうには、都会の喧騒を通り過ぎて田園風景が広がり始めていた。
「けっこうどころか、かなりど田舎。この景色よりもずっと田んぼばっかりだよ。小さい頃はよくカエル追いかけて遊んだし」
「へえ、カエル?なんか新鮮だな」
「そう?」
「うん。ちょっと羨ましい」
 郁人は東京生まれで、それもかなり都会の真ん中で育ったと聞いた。だから田んぼやカエルなどとは無縁なのかもしれない。
「ねえ、カエルの王さまって話知ってる?」
 私はふと思い出して、郁人に聞いてみた。
「この間、子供たちに読み聞かす絵本に出てきたんだけど、全然知らなくてさ。グリム童話みたいだから、割とメジャーなのかな」
 私の質問に郁人は顎に指を当てて考えるような仕草をした。
「うーん…聞いたことはあるような」
「あれね、ひどい話なんだよ」
「どんなの?」
 私は子供たちに読み聞かせたとおり郁人にその話を始めた。
 ある日、泉のそばで遊んでいたお姫さまは、誤って毬を泉の中へ落としてしまう。そこへ一匹のカエルが現れて、毬を持ってくるから友達にしてくれと頼む。お姫さまは承諾するが、いざカエルが毬を拾ってくると、お姫さまはカエルと友達になるのが嫌になり、カエルを置いてお城に帰ってしまう。
「確かにひどい話だ」
 そこまで話すと郁人は眉をひそめて笑った。私は郁人のこの表情が好きだ。
「こんなに性格悪いお姫さまもいるのかって思ったよ」
「はは、確かに」
「やっぱりお姫様でもカエルは気持ち悪いんだなって」
「でも、俺さ、実は小さいころカエルに憧れてたんだよね」
「えっ、なんで」
 予想もしていなかった郁人の言葉に私は思わず目を見開いた。
「そんなに驚く?」
「いや…だって、カエルだよ?」
「カエルは両生類だから水中と陸上、両方で生きられるって聞いてさ。それってすごくない?」
 そう言ってサンドイッチを頬張った郁人を見て、私はこの人と恋に落ちた理由がなんとなくわかった気がした。それと同時に、物語の続きを話そうかどうか迷っていた。
 

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