信孝がアルバイトを続けたのは生活費のためだが、それ以外にも理由があった。先輩の大宮アスカに好意を抱いていた。先輩とは言え、それはアルバイト経験が長いためであり、信孝はアスカよりも年上だった。
大宮アスカはハツラツとした女子大生で、職場のみんなから好かれていた。信孝自身、三次元の相手を好きになるとは予想していなかったが、10歳も年の離れた相手を好きになるあたりは、ロリコンと言われても仕方ない。
もちろん、告白などできるわけもなかったが、ただアスカと同じシフトに入れるだけで満足だった。こんな可愛らしい子が僕みたいな三十路男を好きになるわけなどない。そもそも、ここは職場だ。働くことだけ考えていればいい。恋愛なんて仕事の邪魔になるだけだ。ニート出身の信孝は自分にそう言い聞かせていた。
しかし、そう考えていたのは信孝だけだった。
「大宮さん彼氏出来たらしいよ」
信孝が1冊100円で販売するマンガ本にバーコードを貼り付けている時、レジ付近のアルバイト2人の会話が耳に入った。
彼氏ができるのは自然なことだ。年頃だし、あれだけの美貌だ。性格はよく分からないが、仕事も真面目にしている。そんな子に彼氏ができないほうが不自然だ。せめて、幸せになってくれることを祈ろう。信孝は無心になるため、バーコードを貼るスピードを上げた。
「え。マジ!? 俺、アスカちゃんいいと思ってたんだよな」
「お前、それは言わないほうがいいぞ」
そう言って、バンドマンを自称するフリーターは辺りを見回したが、周囲にはバーコード貼りの中年しかいないことを確認し、話を続けた。
「店長とつきあってんだよ」
信孝のバーコードを貼る手がピタリと止まる。
「え。マジ!? 店長って結婚してるだろ。娘も中学生とかじゃなかった。それ。マジ!?」
「だから、そういうことだよ」
「アスカちゃんが不倫とかないわー。 ショックだわー。 しばらくバイト休みたいわー」
そう言って、二人はギャハハと笑ったが客が来たため、話はそこで終わった。ショックで仕事を休みたいと言う冗談はよく耳にする。実際、彼はシフト通りに出勤したが、代わりに信孝がアルバイトを無断で休んだ。休み続けた。
清楚な見た目に騙された。どうせリアルの女なんてみんなビッチなんだ。信孝は家から一歩も出ずにアニメ鑑賞に浸った。古本屋のアルバイト収入があっても、カツカツの生活を送っていたのだから、貯金が底をつくのに時間はかからなかった。遂にキャッシングやカードローンにまで手を出そうとしたが、貯金のない無職に金を貸してくれる程、審査基準は甘くなかった。