小説

『子豚の正しい作られ方』馬場万番(『三匹の子ぶた』)

「おはようございます。人事の太田です」
「あ。おはようございます。今日は休みます」
「これ以上の休暇は難しいですよ」
「いや。診断書があればいいんですよね」
 信孝には既に労働するつもりなど一切なかった。傷病手当金をもらいつつ会社を休むことしか頭にはない。電話口から聞こえる人事担当者の声は怒気を含んでいたが、その機微に気づくような繊細さを信孝は持ち合わせていなかった。
「三木さん。もし、診断書があっても、担当医に電話で確認させてもらいます。それで、勤務がどうしてもできないということであれば、療養を認めますが、そうでない場合は欠勤扱いとしますから。それでは、失礼します」と反論の隙も与えずに電話は切れた。
 畜生。そんなに僕をこき使って社畜にしたいのか。自殺でもしたらどうするんだよ。全部会社のせいにしてやるからな。とりあえず、今日中に診断書を用意しないと傷病手当金が貰えなくなってしまう。信孝は診断書を求めて精神科を巡ったが、結果は思わしくなかった。1ヶ月もストレスフリーな生活を送り、食っては寝るを続けてきたのだ。血色は良く、表情にも悲壮感はただよっていない。ひと目で鬱病とは無縁なことが分かる。さらに、会社を1ヶ月前に休み始めて、以前とは違う病院で診断書を求めるなど、診断書目当ての来院であることは明らかだった。4つめの病院で「若いんだから、働きなさい」と医者に説教をされ、診断書を諦めた。4つも病院をめぐるガッツを仕事に活かせばいいのだが、パワハラ上司がいて、人事からは冷遇されるストレスフルな職場でコレ以上働くことは危険だ。僕は間違っていない。全部会社がおかしいんだ。だから、休んでも文句を言われる筋合いはないと言い聞かせて、信孝は黙って会社を休み続けた。解雇通告が送られてきたのは、無断欠勤をして4日後だった。
 事前に調べておいた通り、労働基準監督局に助けを求めてみたが、全く役には立ってくれなかった。役所とは税金を絞りとるだけ絞りとって、必要なときに役立たない。本当に使えない奴らだ。それよりも、明日からの収入はどうするんだ。僕の生活はどうなるんだ。
 働かない夢のような生活は終わった。僕の生活は会社という恐ろしい獣に踏み潰されたんだ。僕は被害者だ。
 

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