小説

『子豚の正しい作られ方』馬場万番(『三匹の子ぶた』)

 人事に必要な書類を提出し、そのまま自宅に帰る。好きなだけアニメを愛でて、ネットで動画を漁り、作品に対する熱い激論を掲示板で繰り広げる。朝食はカップ麺。昼はピザ。夜は弁当。もちろん、おやつとアイスは随時食べる。買物はネットで済まし、出かけるのはコンビニだけ。
会社の制度に守られた生活は快適そのものだった。夢の様な生活を堪能すること一ヶ月。会社から電話がかかってきた。
「三木さん。ご無沙汰してます。人事の太田です」
 軽くあいさつをしようとしたが、一ヶ月ぶりに出す声はうまく音にならず、何か呻くような不快な音を立てただけだった。
「そろそろ、出社できる頃じゃないかと思いまして。診断書のお医者さんに電話して聞いてみたんですけど、三木さんは軽度な鬱の可能性がある程度だって言ってましたよ。通院もしてないみたいですし、明日から出社してくださいね」そう一方的に告げて電話は切れた。
 何勝手なこと言ってんだ。僕は鬱なんだ。上司のパワハラで深く傷ついているんだ。明日出社ってなんだよ。そんな急なこと言われたって、こっちにも都合があるんだよ。社会人なら、もっと前もって言うのがマナーだろ。ハイ、完全に論破。僕の言ってるこが正しい。どうせ、診断書があれば人事も納得するんだろ。僕は鬱なんだから、休まないといけないんだ。
 継続して長期療養をするため、精神科へ1ヶ月ぶりに訪れた。「鬱の診断書を欲しいんですけど」そう切り出したが、「三木さん。定期券じゃないんだから、診断書を簡単に出すことはできないんですよ。見たところ、とても元気そうじゃないですか。血色もいいし。体重も増えたんじゃないですか?こんな健康な方に診断書を書くことはできません」と取り付く島もなく断られてしまった。既に日は傾きかけている。他の精神科も診療時間外だろう。仕方がないので、そのまま帰宅することにした。
 翌朝。出社する気にはとてもなれず、今日は休む旨を人事宛にメールしたところ、5分も経たずに電話がかかってきた。休みのメールは入れたから電話に出る必要性はないけれど、長期療養の延長を認めさせてやるいいチャンスだ。とにかく、正義は僕にあるんだから。軽く咳払いをして、声が出ることを確認すると信孝は電話に出た。
 

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