小説

『子豚の正しい作られ方』馬場万番(『三匹の子ぶた』)

 アラサーと呼ばれる歳になり、コンビニでバイトをするのもはばかられる。高校生のアルバイトに顎で使われるなんて、ごめん被りたい。とりあえず、食事は親からの仕送りでなんとかなりそうだが、収入がなくては安アパートでさえ住み続けることはできない。親からの仕送り。そうだ、そんな簡単な方法があったじゃないか。自分の天才的なひらめきが恐ろしい。さっそく母親に電話をかけよう。実家の電話番号をメモリーから呼びだそうとしたが見つからない。仕方なくアドレス帳から、実家に電話をかけた。
「もしもし、三木ですけど」電話口から聞こえる母親の声は、だいぶ老けたように感じる。
「あ。お母さん。うん。僕だけど」
「どうしたの。電話なんか珍しいじゃない。元気にしてるの?」
「うん。それなんだけど、元気だったらいいんだけどさ」
「風邪でも引いたの? 世話しに行こうか?」
「や。風邪ではないんだけど、その鬱病になって会社クビになっちゃったんだ」
「え? 鬱病でクビ? そんなひどい事があるの」
 信孝は自分が解雇通告を受けたいきさつを説明した。パワハラが原因で鬱になり、療養のため休職したら、一方的に解雇通知が送られてきた。役所に言っても、相手にしてくれない。信孝の話を聞いた母親が心配をしないわけがない。
「仕事がみつかるまで、うちで生活しなさい」待望のフレーズを母親から引き出せたが、もう少しだ。もう少し引っ張った方がいい。
「いや。できるとこまで頑張ってみるよ」
「心が弱ってる時は休むことも大事でしょう。無理しないで帰ってきなさい」
「お母さんの負担になりたくないし。それに、引越のお金も必要だし」
「引越のお金はこっちで出すから、そんな心配しないの」
「え? 本当? なんか悪いね。でも、そうさせてもらうよ」
 引越資金もバカにならない。親の気持ちが変わらないうちに引越し業者を手配した。パソコン、フィギュア、ポスター、ブルーレイ。その他、趣味で集めたグッズはかなりの数になる。このコレクションは実家に収まるか? 昔、僕が使っていた部屋なら、なんとかなりそうだけど。
 

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