小説

『子豚の正しい作られ方』馬場万番(『三匹の子ぶた』)

 しかし、その日は突然やってきた。ハードディスクに録りためた今期のアニメをチェックしているとき、ドアがノックされ返事も待たずに父親が入ってきた。「勝手に入るなよ」と言う隙も与えず「家を出なさい。自分で生活しなさい」と父親は切り出した。
 信孝は30歳の誕生日をオンラインゲームをしながら迎えた。ゲーム仲間からはチャットで祝福してもらえたし、アニメのヒロインが誕生日をお祝いしてくれるDVDも事前に購入していた。二次元でもいいじゃないか。リアルの女なんて、軽薄で感情的で頭の中には恋愛のことしか無い。従順で無垢な二次元の嫁に特別な日を祝ってもらい、信孝は涙した。
 毎年、嫁との歳の差が離れていく現実はツライ。自分ばかり歳を取っていくのか。信孝の考えは間違えだった。当然、自分の父親も歳を取っていく。そして、真面目に勤めあげても、会社の定めた年齢になれば定年退職を迎える。気づけば父親も60歳を迎えた。還暦は両親だけで祝ったのだろうか。淋しい思いをさせてしまったかもしれない。
「引越屋は手配した。真面目にやれば働き口はある。それまでの生活費だ」と言って、少し厚みのある封筒を父親は手渡した。いわゆる手切れ金と呼ばれる金だ。
 退職金と年金で信孝を養うこともできただろう。しかし、自分が死んでからはどうなる。今まで甘やかしてしまった自分にも責任がある。家を追い出されては苦しい生活をしばらくは強いられるだろう。それでも、心を鬼にして家から放り出さなければいけない。真面目に働けば、やり直しはできる。父親の決心は固かったが、まとまった生活費を渡してしまうあたりは親の甘さを殺しきれていなかった。
父親の見つけた安アパートに引越し、受け取った金を喰い潰して以前と変わらない生活を続けたが、始めて家賃を滞納したところで、このままではマズイことに気づいた。
 親に守られた夢のような生活は終わった。僕の生活は親の無慈悲な振る舞いのせいで無残に踏み潰されたんだ。
 三年以上の無職経験があり、以前に鬱病歴がある三十歳。正社員での雇用は絶望的だった。プライドを捨てアルバイトの採用を探したところ、週4日以上の勤務を条件にチェーン展開する古本屋が採用をしてくれた。
 古本屋のアルバイトなら楽な仕事だろうと高をくくっていた。実際には、古本の整理は体力のいる仕事だったし、客のなかにはクレーマーもいた。常に立って働くので帰る頃には足がパンパンに腫れている。こんなハードな仕事を一時間して、千円ももらえない。時給の悪さに嫌気が差したが、楽なバイトが見つかるまではここで食いつながなければならない。週に一度は仮病を駆使し、なんとか週3日で働き続ける。1週間の半分以上が労働日なんてありえない。
 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11