小説

『子豚の正しい作られ方』馬場万番(『三匹の子ぶた』)

 子供が自立して、念願の書斎を持つことができた父親も鬱が原因で解雇された息子のためには、部屋を明け渡すことに同意をしてくれた。親の世話になるのは、一時的だ。少しの間だから、お父さんには我慢してもらおう。
 親にはあまり迷惑をかけたくない。ハローワークやインターネットで求人を探し、一日でも早く仕事を見つけて家を出よう。立派な志は一週間も維持できなかった。昼過ぎに起きては部屋に籠もり、アニメ鑑賞とネットゲームに時間を費やす。欲しいグッズがあれば通販で注文し、着払いで親に受け取らせればいい。部屋から出るのは食事、トイレ、風呂の時だけ。こんなぬるい生活を送って、高い志を抱き続けられる人間なんていない。人間はみんな弱い。僕だけが特別に劣っているわけじゃないんだから、気にすることはない。
 親が鬱に対してどこまで理解していたかは分からない。でも、デリケートな問題であることは理解していたようで「早く働け」等とプレッシャーをかけるようなことは言ってこなかった。しかし、あまりにも自堕落な生活を送り続けているので「仕事は決まりそうか?」と最近になって聞くようになったが「ネットで探してるけど、鬱だと面接もしてくれない」と蚊の鳴くような返事をされては、それ以上に問い詰めることは難しかったようだ。
 世間は僕のことをニート、引き篭もり、パラサイト、なんて言うかもしれない。しかし、僕は誰かに迷惑をかけていないから、非難されるべきではない。むしろ、両親と一緒に暮らすというのは親孝行をしているんだ。
 親に寄生する生活は快適そのものだった。
 働かず、食うに困らず、二次元を愛でる。そんな生活を3年続けていれば、この幸せは永遠に続くものだと錯覚してしまう。いや、麻痺してくるという方が正しいだろう。親の定年、親の寿命。自分の生きている間に、それらは高確率で訪れる。あまりにも当然のことをリアルとして受け止めることができなくなっていた。
 

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