小説

『子豚の正しい作られ方』馬場万番(『三匹の子ぶた』)

「診断書を下さいと言われて簡単に出せないんですよ。最近は会社を休むために鬱の診断書をもらう人も増えてますから。三木さんの症状について、話し合いましょう」
五分ほど医師の問診が続き、すぐには診断書が貰えないことが分かると「まあ、もうちょっと頑張ってみます。自分、責任ある社会人なんで」と信孝は切り上げようとした。
 医師は小言の一つでも言ってやろうかと思ったが、こいつには何を言っても無駄だろうと、信孝の上司に同情しつつ深追いはしなかった。
 鬱の診断書は簡単に貰えるはずじゃないのかよ。それに、診察料五千円ってボッタクリだろ。五千円ですよ。五千円。ガチャが三十回できる金額ですよ。このやぶ医者。ネットで晒してやんよ。
 「鬱の診断書 出しやすい病院」でググり直すと、電車で行ける病院が見つかった。念のため、問診の受け方を教えてくれるサイトを検索してから診断書を出してくれると評判の病院で問診を受け直した。
 「診断書は出します。1ヶ月の療養が必要とも添えておきます。でも、毎週来院してください。鬱を治すための療養期間ですからね」と精神科に念は押されたが、無事に診断書をもらうことができた。
 翌日「おはようございまーす!!」と入社以来初めての元気な挨拶で出社した。こんなに気分のいい朝は始めてだ。

 「おはようございまーす。じゃない! 昨日はどうしたんだ。大切なコンペの当日に休んで。しかも、休みの連絡をメールだけでするとは、お前それでも社会人か!」目を吊り上げた上司が信孝に詰め寄ってくる。
 「怒鳴るのはやめてくださいよ。僕は鬱なんです。これ以上のパワハラを受けたら、自殺の可能性もあるんですけど」
 自殺というぶっそうな言葉を聞き、職場は水を打ったように静まり返った。みんなの視線が信孝と上司に集まる。「何を都合のいいこと」と言いかけた上司を遮って「この診断書が見えませんか」と医師の診断書を懐から取り出した。完全に決まった。気持ちは悪代官に向けて印籠を取り出す格さんだったが、上司はひれ伏すどころか「こんなものまで用意しやがって。お前なんて、やめちまえ」と顔を真っ赤にして、自席に戻っていった。
 やれやれ。鬱の社員に対する接し方を知らないらしい。長期療養申請書を記入し印鑑を貰いに上司の所へ行くと、鬼の形相でハンコを押された。これだから、中年男性は扱いにくい。まあ、しばらく休んで給料貰えるからいいんだけど。
 

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