小説

『子豚の正しい作られ方』馬場万番(『三匹の子ぶた』)

 翌日、本来ならスーツに着替え八時半までには出社すべきところ、信孝は近所の総合病院へ向かった。待合室で自分の名前が呼ばれるのを待っている間、スマホでゲームをして過ごす。ゲームとは呼ばれるものの、その実は画面上を規則に従いタップして、アニメのキャラクターのカードを集める機械的な作業でしかない。ただ、この機械的な作業もカードに描かれるキャラクターの表情や衣装が変わり、レアやSレア、ウルトラレア、神レアと呼ばれる希少性が付けられるだけで俄然と蒐集意欲が湧いた。本来無料でできるゲームだが、家賃と同等程度の金額をつぎ込み、信孝はゲーム内のカードをコンプリートしようと夢中だった。信孝が限定イベントカードを入手しようとスマホを操っている間、何度も上司から電話がかかってくる。その度にゲームを中断しなければいけなかった。あのアホ上司め。なんで電話なんてしてくるんだよ。ちゃんと僕が今日休むことはメールしたじゃないか。こんなに電話してくるなんてストーカーかよ。これ以上電話してきたら、ストーカー規制法で警察に被害届を出してやる。五度目の電話を留守番電話に切り替えると、やっと諦めたのか上司からの電話はそれ以上かかって来なかった。
「三木信孝さーん」
 中年看護師の間延びした声で呼ばれ、信孝は精神科の診療室に入っていった。
「どうされました? 」
「鬱なんです!」
 見得でも切るように鬱といい切る患者を前に精神科医は一瞬たじろいだが「ハイそうですか」と鵜呑みにするわけにもいかず、彼は問診を続けた。
「えーと。具体的にはどういった症状がでるんでしょうか? 倦怠感とか食欲不振等はありますか?」
「倦怠感もあるし、食欲もありません。夜寝れないこともあるので、鬱なんです」
 昨晩「給料をもらいながら会社を休む方法」でググった信孝は、鬱の診断書があれば傷病手当金で給料の半分以上をもらいながら会社を休めると書かれたサイトを見つけた。あんなブラック企業で酷使されないために、なんとしても診断書を手に入れなければならない。
「三木さん。鬱と簡単にいいますが、うつ症状の判定は簡単ではないんですよ」
「どうしたら、鬱の診断書をもらえますか? 僕が鬱なのは間違いないと思うんですけど」
 医師はため息をつくのを我慢した。
 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11