小説

『子豚の正しい作られ方』馬場万番(『三匹の子ぶた』)

 三木信孝は鼻息を荒くして帰り道を急いでいた。
 今日は魔法少女モモカの放送日だろう。帰りがけに残業を押し付けるなんて、信じられない。用事があると断れば「その用事は何だ?」なんて聞くのはパワハラだ。今度、人事に相談してやる。あんなパワハラ上司は左遷させてやるのが社会のためだ。
 前回の放送を思い返す。主人公の中学生モモカたんが魔法に目覚めるフラグを立てて終了だった。次回予告では魔法力を解き放つようなシーンがあった。毎日、見返していたから間違えはない。それならば。今日は間違いなく魔法少女モモカが誕生する重要な放送だったはず。くだらないコンペの下準備なんかさせやがって。もちろん、今日の放送もハードディスクに録画はしている。でも、アニメはオンタイムで見ないとだめなんだ。放送を見ながら、掲示板で実況をする。同時にスマホで熱い思いをつぶやく。その一連の動作を含めてのアニメ鑑賞だろ。録画されたアニメは5回は見る。当然だ。でも、オンタイムの視聴はたった一回しかない。アニメは一期一会なんだ。あのアホ上司は会社に飼いならされた社畜だ。だから日本が誇る崇高な文化であるアニメの重要性が分からない。絶対にあんな中年にはならないぞ。僕はフィギュアを買って、イベントに参加して、ブルーレイBOXを買うためにイヤイヤ働いてやっているんだ。魂まで会社に売るつもりはない。
 築18年。安普請アパートの1階に信孝は住んでいた。玄関に靴を脱ぎ捨て、カバンとコートを床に放り投げる。コンビニで買った弁当を電子レンジで温め、ヨレヨレのスーツから毛玉だらけの部屋着に着替えた。コタツの上に溜まった弁当の空容器を手で払いのけると、床の上に積み上がった弁当容器の山は更に標高を増した。そして、漬物まで一緒に温まった弁当を掻っ込みながら、録画したアニメを愛でる。
「神回じゃないか」信孝の頬には二筋の熱い涙が流れた。これをオンタイムで見れなかったことが悔やまれる。こんな事は二度と起きてはならない。僕はこのために生きているんだ。
 

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