小説

『一寸法師』小椋青(『一寸法師』)

 だからといって他の事をうまくやれるかというとそうでもない。読み書きはしたことがないし、学問は皆目わからない。殿様や家臣との関係をどうしたらいいかということに皆目、気が働かない。必然的に、言われたことのみをやっているしかない。そうすると、使えない奴だという評判がたつ。できることはまじめにやっているつもりなのだが、体がのっそりしているので、てきぱきとした印象もないらしい。つまるところ、全く愉快ではない。
 それでも、家が幸せならまだよい。このところ最も悩んでいるのは、そのことだ。妻に敬われない夫というのは、こういうものなのか、ということを思い知らされている。家に帰ると、召使が出迎える。姫は、と聞くと奥方様はお出かけで、とか具合が悪くてふせっております、というような答えが返ってくる。要するにおれを出迎える気はないらしい。 
結婚した最初の頃は、おれが帰ると姫が真先に出迎えてくれたものなのに。妻のことを姫、と呼ぶ癖が抜けないのもいけないのかもしれない。いつまでたっても、夫婦らしい気分になりきれない。だが、おれにとっては鬼にかどわかされそうになった姫を救った、あの時の気持ちを忘れたくないのだ。あの時が、おれの人生で最も素晴らしい瞬間だった。
 そもそも、おれをこのように大きくすることを望んだのは姫であった。姫が、鬼が落とした打ち出の小槌を振り、その望みをかなえたおかげで、おれの現在はある。おれとても立身出世は望んでいたから、全てを与えられてうれしくなかったわけではない。そのことに感謝はしているが、それでも、今のように姫にうとまれるくらいなら、大きくならなければよかったのではないかとつい思ってしまう。
 何が原因かはある程度はっきりしている。夜の営みがうまくいかないのだ。子供はまだかと聞かれるが、そんな行為に及ぶこともままならない。なぜなのか、おれもずい分悩んだが、結局、女とはおれにとって巨大で力強く、同時にやわらかであたたかいものという印象があるのだ。女の乳の間にうずもれて、その重みにつぶされそうになるのが至福の状態なのだ。だが、おれが触れてみた姫は細くきゃしゃで今にも折れそうな体をしていた。どのように扱ったらよいのか、途方に暮れた。何度か試みてはみたが、つい力が入ってしまい、相手は痛がるばかりでかわいそうになった。ここ三か月は、寝床をともにはしていない。
 

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