小説

『悪者たちの竜宮城』ききようた(『桃太郎』『こぶとり爺さん』『花咲じいさん』『浦島太郎』)

「竜宮城ってどんな所なんだろうな。おまえさんどう思う?」
「それはやっぱり、おいしい酒と豪勢な食べ物がたくさんあって、陽気な音楽に合わせて歌ったり踊ったり……」
 と、そこまで言ったところで、宴の光景が鬼の視界に映った。そして気付く。遠くに見えるこの光景と、思い描いていた竜宮城の光景が一致していたのだ。
 当然、全てが一致しているわけではない。想像していたものより質は相当落ちるし、夢の光景と呼ぶには少し強引過ぎる。それでもそこには望んでいたもの一部分くらいはある。
「こんな楽しい酒が飲める日が来るなんて思ってなかった。そんな事を期待するのは高望みだと思ってた」
 こぶの爺さんの目は潤んでいるように見える。そして呟く。
「……悪者のわしらにしては上出来じゃ」
 そこに悲観的なものは感じない。
 そんなこぶの爺さんを欲張り爺さんは冷談にあしらう。
「女が足りんぞ。乙姫があってこその竜宮城じゃ」
 そう吐き捨てる欲張り爺さんであったが、酒を含んだ口元は緩んでいた。

 それからというものその宴は毎年の出来事となった。誰に強制されるでもなく多くの人がこの海辺に集まり、まるで何かに取り憑かれているかのように開催された。それから何年も何十年も何百年も継続され、やがてこの海辺の伝統となっていった。
 さて、今年もその時期がやって来た。相変わらず海辺は多くの人で溢れ返る。カラフルな飾りが取り付けられ、脇ではたくさんの出店が立ち並んでいる。毎年この海辺で見られるこの時期の風物詩だ。
 しかし、これだけ大勢の人がいようとも、今となってはこの祭りが二人の爺さんと鬼の存在をきっかけに始まったことを知っている人はいないだろう。
 ちなみに、未だこの海辺で亀の姿を見た人はただの一人としていない。

 

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