小説

『コウモリ女』田中りさこ(『卑怯なコウモリ』)

 まことが思わず聞き返すと、夏はカバンから、チラシを取り出した。チラシには、『若いときから始める資産形成』という題名が太文字で書かれていた。
「これ、今度の土曜なんだけど、会社休みでしょう?」
「土曜は…ごめん。用事が」
 まことが言葉を濁すと、すかさず夏が聞いてきた。
「何の用事? デート?」
「うん、まあ」
「じゃあ、彼と一緒に来たら? いろいろ勉強になると思うよ」
「そうだね」
「ありがとう。じゃあ、土曜、午後一時から、長くても二時間くらいだから」
 まことは夏と別れた後、時計を確認した。夏と会っていたのは、二時間弱だった。にしても、どっと疲れた、とまことは肩を落とした。
 家に着くころには、十時を過ぎていた。
 まことはリビングの明かりをつけた。いつもなら、リビングのソファで寛いでいるヒロの姿がない。
 テーブルの上に、メモが置いてあった。
『おかえり。明日、朝早いので、先に寝るね。 ヒロト』
 まことはメモを片手に、水を飲もうと、キッチンに行った。水切りかごの中に、食器と鍋が置いてあった。
「やれば、できる」と言って、まことは笑みを漏らした。

 次の日、会社のお昼休み、お弁当を食べていると、携帯が鳴った。
「まーこと、ハーイ!」
 ナナの明るい声が耳に飛び込んできた。
「ナナ、どうしたの?」
「いやぁ、ちょっと会えないかなぁなんて」
「そうだね。なっちゃんに予定聞いてみるよ」
「いいよ。夏は、仕事忙しいみたいだし。私は、まことに会いたいからさぁ。今日の仕事終わりとかどう?」
 まことは頭の中で、予定を確認する。今日は予定がない。けれど、二日続けて外食は気が進まない。
ヒロにも悪いし、と考えていると、ナナが言った。
「いいよ。全然無理しなくて。忙しいよねぇ、働いてるんだし。専業主婦の私と違ってさぁ。はあ」
 

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