小説

『コウモリ女』田中りさこ(『卑怯なコウモリ』)

 まことが言葉に詰まり、沈黙が生まれると、夏が取り繕うように付け加えた。
「ほら、ナナ小さい子供いるし、続けては悪いから」
「え、ああ、うん、そうだよね」
「じゃあ、明日の夜ごはん行かない? 駅前のパスタ屋さん。あそこ結構人気だから、予約しとく」
 てきぱきと話を進める夏の話がまことの頭を通り過ぎていった。まことは、「あ、ヒロに連絡」と呟くと、ヒロの携帯にメッセージを送った。

 
 夏は、待ち合わせの十五分遅れでやってきた。
「ごめん、ごめん。急にお得意様から、電話来て。今、ほら、日経平均株価が動いてるか
ら」
 夏はカバンをどんと椅子の上に置いた。
「あの後、ナナの家に行ったんだ。子供の教育に備えるのに、相談乗ってほしいって」
「へえ、お夏、さすが頼られてるね」
「正直変わったて感じたよ」
 夏は意地悪く目を細めた。
「家の中汚いし、いくら友達とはいえ、お客さん来るのに、髪ぼさぼさで女としてどう思う?」
 まことが口を挟む間もなく、夏の口からはポンポンと言葉が出てきた。
「テレビで見た知識か知らないけど、営業ノルマ、大変なんでしょ、助けてあげる、っていう態度で。別にノルマあっても、そこまで困ってないよ」
 夏の勢いはとまらない。
 まことは、手持ち無沙汰になり、お冷をちびちびと飲んだ。
「旦那も旦那で、ぼけーとして冴えないの。まあ、お似合いか」
 お冷に手を伸ばし、一息ついた夏は「まことは、結婚しても、仕事辞めないほうがいいよ」と言った。
「そう? まだ結婚の予定がないからなぁ」
「あ、あと独身時代に絶対お金貯めとかないとダメ。積立とかちゃんとしてる? まことは、真面目だけど、昔っからちょっと抜けてるから、心配だよ」
「あ、うん、まあ。会社の積立とかかな」
「年金保険は、やってる? 条件満たせば、税金控除されるの。知らないと、損するよ」
「へぇ」
「今度セミナーあるけど、来る?」
「え?」
 

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