小説

『コウモリ女』田中りさこ(『卑怯なコウモリ』)

 その時にまことはこう言われた、コウモリ女、だと。
 別に中学時代から、三人の関係が変わった訳じゃなかった。ただまことが忘れていただけだ。
 あの時は、まことが謝った。
「話、それだけ? 私、帰るね。じゃ」
 まことは、席を立った。
 ナナと夏は、まことが謝ると思っていたのだろう、まことが席を立った時の二人の顔ってば。ぽかんとしていた傑作だった。
 まことは、店を出ると、笑いが収まるまで、腹を抱えて座り込んだ。
「あ、そうだ」
 まことは携帯を取り出し、電話帳で二人の連絡先を呼びだした。
 『ナナ』削除キーを押すと、本当に削除しますか?と確認する文言が表示された。まことは、迷わず、yesボタンを押した。
 『夏』同様に、削除、yes。

 まことは足取り軽く歩き始めたものの、すぐにもう一つの問題を思いだし、足を止めた。ヒロは友達と会うと嘘をついて、一体何をしていたのだろう。
 ショーウィンドウに映る自分の顔を見たまことは「ひどい顔」と呟いた。眉間にはくっきりと縦すじが付き、目もつり上がったひどい人相だ。
 まことは、眉間のしわを指で撫でた。
「私、どうしたいんだろう」
 ふとまことがショーウィンドウの中を見た。旅行代理店のウィンドウには、ウェディングドレスと『いざ海外挙式』という宣伝文句が目に入った。
-プロポーズってさ、レストランで美味しい食事をした後に、夜景の見える場所で、とかじゃないんだ?
 まことは自分の言葉と、今日の出掛けに聞いた「今日レストラン予約したんだけど」というヒロの言葉が急に結びついた。
 もしかして、まことはくすっと笑った。コウモリは、自分の居場所を見つけたみたい。まことは、家路を急いだ。

 

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