小説

『コウモリ女』田中りさこ(『卑怯なコウモリ』)

 セミナーの二日後の月曜日は祝日だった。ヒロは友達と会うと言って、朝から出かけた。ヒロを送り出し、まことがコーヒーを飲みながら、寛いでいると電話が鳴った。
 ナナからだった。
 その日の午後十二時。まことは、ナナと二人で喫茶店にいた。ナナから、相談したいことがあると、呼び出されたのだ。
 ランチを食べ終わったナナは、機嫌よくアイスティーを飲んでいた。時折、ストローでグラスをかき混ぜ、氷がグラスに当たり、カランカランと音を立てた。
「実はさぁ、新しくビジネスはじめようと思ってて。主婦の起業家なんてすてきじゃない?」
「へぇ、何するの?」
「へへ、輸入雑貨とかをネット販売できないかなぁって」
「へぇ、すごいね」
 まことがそう言うと、ナナは身を乗り出した。
「で、まことさぁ、知り合いに、イギリス人がいるって言ってなかった?」
 確かに、前に絵画教室で知り合ったイギリス人の話をナナにもしたことがあった。雲行きが怪しくなってきたと、まことはしぶしぶ返事をした。
「あ、まあ」
「ロンドンの雑貨とか、かわいいよねぇ。いろいろ相談したいんだけど、頼んだりできる?」
「え?」
「ほら、輸入とか手伝ってもらえたらなって。私、子供いるし、そうそう海外になんて行けないしさ」
 ナナは目をキラキラさせて、まことの返事を待っている。当のまことは、突拍子もないナナのお願いに、どう答えたらいいものかと頭を悩ませた。
「うーん、でも、そんなに頼めるほどの仲でもなくて」
「だって、ティーパーティーとか誘われる仲なんでしょ?」
「そうだけど」
 さらに、ナナは言った。
「そうそう、まこと、仕事辞めるんでしょ? 夏から聞いたけど、彼とゴールイン間近なんだって? 結婚したら時間あるし、一緒にやろうよ」
 まことの頭の中で、クエスチョンマークが浮かんだ。もちろん、結婚しても、今のところ、仕事を辞める気はない。
「続けるつもりだよ」
「だって、まこと、言ってたじゃん、専業主婦に憧れるって。いいなぁ、って。もしかして、旦那さんの稼ぎだけじゃ食べていけないとか?」
 

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