小説

『コウモリ女』田中りさこ(『卑怯なコウモリ』)

 まことの携帯が鳴った。まことは、ヒロの携帯をヒロにつき返すと、自分の携帯に出た。
「あ、まこと? 今、夏と会ってるんだけど、まことも来ない?」
 ナナからだった。まことは、二人のいる場所を聞くと、電話を切った。
「ちょっと、出てくる」
 ハンドバッグを引っ掴み、出ていくまことを「え、待って。今夜レストラン予約したんだけど」と、ヒロは止めようとしたが、まことはヒロを振り切り、足を踏み鳴らすように待ち合わせ場所に向かった。

 三人で、最初にあったカフェだった。扉を勢いよく開けると、扉についたベルがじゃらんじゃらんと盛大に鳴った。
 四人のテーブル席に、ナナと夏は並んで座っていた。まことは、その向かいに腰を下ろした。
「まことさぁ、ひどくない?」
 ナナが唇を尖らせた。まことは先制パンチを食わされて、聞き返すことしかできなかった。
「え?」
「なんか私たちのこと、いろいろ悪口言ってたんでしょ。家が汚いとか、結婚してもろくなことないとか」
「そんなこと」
 まことが言葉をつなげる前に、夏が言った。
「人間だから、悪口とか愚痴言うのは分かるよ。私たちお互い環境違いすぎて、いらいらもした。でも、腹割って話したら、すっきりしたの。でも、まこみたいにどっちにも同意するのは、人としてどうなのかな」
 続けて、ナナが言った。
「正直まことには、がっかりだよ。ひどいよ」
 ひどい、と言いたいのは、こっちだとまことは思ったが、言葉に出せなかった。頭がくらくらして、まことはお冷に手を伸ばした。
 お冷を一気に飲んで、まことは、とにかく気持ちを落ち着けようとした。
 なぜか、同窓会であった高木くんの顔がまことの頭に浮かんだ。次の瞬間、まことは、鮮明に思いだした。
 ナナも夏も高木くんのことが好きで、まことは別々に二人に相談された。まことは、誰にも言わないで、という二人の約束をちゃんと守った。
 結局、高木くんは隣のクラスの女子と付き合うことになり、ナナと夏の恋は終わった。それから、しばらく経った後、まことは二人にどっちの味方をしていたの?と、二人に詰め寄られたのだ。
 

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