小説

『弁当』沖原瑞恵(『桜桃』太宰治)

「どうしてわざわざそんなことを言うの」
 まさか、お前のことで両親が喧嘩を始めそうだったからなどと言うわけにもいかない。成績の悪さを怒られるのならばまだしも、そのせいで口論になっている両親など僕ならば見たくない。まして妹はまだ八つである。僕は、風呂に浸かりながら寝てしまったから長く待たせたと思って、とかなんとか、苦しいながらもそれなりの言い訳をした。妹はまだ納得がいかない顔をしながらも、ふうんと呟いて風呂場へ消えた。さて、ひとまず兄としての務めは果たした。次は息子として、噴火寸前の父と母のガス抜きをせねばならない。
僕はひょいと居間へ顔を出し、父の帰宅を今知ったかのようにとぼけて、お帰り、と言うとそのままテレビの前に陣取った。
「あんた、塾の宿題は終わったの」
 僕の目論見通り、母から火の粉が飛んでくる。
「まだ」
 僕はわざとそっけなく返す。
「いい加減にしなさいよ。受験生にもなってそんなのんきでいいと思っているの。だいたいね……」
 母の小言は続く続く。やがて食事を終えた父がのっそりと立ち上がり、食器を流しへ運ぶ。これまた黙々と皿を洗い始め、小言というガスを吐き出した母の苛立ちもようやく鎮火の気配を見せ始めた頃、寝間着の妹が廊下をぺたぺたとやって来た。
「あれ、お兄ちゃん、また怒られてたの」
 頼まれてもいない気遣いをしたのは僕だが、それにしてものんきな妹である。
 母が何か言いたげに口を開いたが、それに先んじて僕は妹にしかめっ面を向けた。
「漢字が赤点のお前に言われたくないよ」
「大丈夫、先生が今度もう一回試験をしてくれるもの」
「威張ることじゃない」
 

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