小説

『弁当』沖原瑞恵(『桜桃』太宰治)

 無事、大きな夫婦喧嘩を小さな兄妹喧嘩にすり替えて、僕は妹を居間から押し出す。言い訳を続ける妹を部屋に追いやってから、僕も自室に戻って勉強机の前にどさりと腰を下ろした。夕飯前に散らかしたままだった、自己採点も、間違えた問題の復習さえも終えたノートを乱暴に閉じて鞄に突っ込む。

 夫婦は危うい均衡の上に成り立っている。いつもどちらかが、もしくはどちらも等しく互いに対して言いたいことを飲み込み、大火事にならぬよう気を張っている。それでいて子供の世話もあり、家事も仕事もあり、恐らくは夫や妻、親という肩書なくただひとりの人間だったならばやりたいであろう、幾多のことを我慢しているのだ。そう考えると、なるほど親とは只者ではない。
 しかし親にも、子で居た時代があったはずである。親はそのまた親に守られ、甘え、奔放に過ごした時期があったはずだ。ならば僕も子供らしく奔放にさせてくれと言いたい。何に怯えることなく誰に気をつかうことなく、今はまだ、ただ一身に親の愛を受けて育つだけの子供で居させてほしい。努力などしていない振りをする努力をやめたい、やめることができないならば、せめてその努力に気付いてほしい。
 そんなことを考えながら横になっているうち、とろとろと眠っていたらしい。気付くと部屋の電気をつけたまま、日付を越えてしまっていた。本格的に眠りにつく前に、小便をしておこうと思い立つ。部屋を出ると居間に明かりがついていて、覗くと父が酒の缶を手にソファでぼうっと天井を見ていた。僕の気配に気づいた父は、とろんとした目をこちらに向ける。
「お前だってどうせ、母さんの味方なんだろう」
 と、呂律のあやしい口調で言った。妹の代わりに怒られただけのやりとりで、どこをどう捉えればその考えに至るのか疑問である。もしかすると、さして根拠はないのかもしれないと思い立ち、そうならば父はただ愚痴を言いたい気分なのだと察する。
「覚えておきなさい、大人になると味方がどんどんいなくなるもんだ。家だけじゃない、仕事もそうだ。口答えしないことをいいことに、何もかも俺のせいだ」
「父さんは悪くないよ」
 

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