小説

『私の頭の上の話』坂本和佳(『鼻』芥川龍之介/古典落語『頭山』)

9
 心に澱がたまり始めた彼女は数日後、再び籾井(もみい)の元を訪ねた。

「それは困りましたね」
 そういって籾井は少し考え込んだ。彼が言葉を発するまでの少しの間、坂本は彼の机の上の小物類に目を向けた。その中に彼女は妙なものを見つけた。それは見事なゴルフのスウィングを決めた籾井の精巧なフィギュアであった。フィギュアに気付いた坂本を籾井は嬉しそうにながめ、口を開いた。
「あ、それ。ゴルフ仲間がくれた景品なんですよ」
「景品?」
「はい。この前ホールインワンを決めまして」
「ホールインワン!!すごいじゃないですか!!」
「ええまあ。偶然だったのかもしれませんが」
 そうは言いながらも籾井は自慢げな表情を浮かべた。
「実は私、最近ゴルフに嵌(はま)っちゃって。いえ、きっかけはこの頭の上のゴルフ場なんです。興味本位で観察してたら、意外と上手いゴルファーがプレイしてることに気付きましてね。彼らの様子を逐一(ちくいち)観察してそれを実践しましたら瞬く間に上達しちゃって・・ほら上達すると楽しくなるでしょ。で、好きになっちゃって・・あっすいません。話が脱線してしまって」
「いえいえ」
「で、解決法なんですが坂本さん、心のキャパシティを広げてみてはいかがですか?」
「心のキャパシティ?」
「そうです。価値観を広げると申しますか・・頭の上で起きることに対して、またそこから生じる事象について否定的に拒むのではなく、むしろ積極的に受け入れる姿勢をしめしてみては?」
「積極的な姿勢ですか・・でも先生、先生の場合はゴルフ場だけですけど・・私の頭には色々出てくるんです。好きな物も苦手な物も色々・・」
「まあ、その辺は大変ですがそう深刻にならずに構えてください・・いい解決法が見つかりますよ」
「(そうはいっても・・・)」笑顔で話す籾井に坂本は心の中でそうつぶやいた。
 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10