小説

『私の頭の上の話』坂本和佳(『鼻』芥川龍之介/古典落語『頭山』)


 それから、しばらくして坂本の頭には次々と様々なものが現れるようになった。

 某日。坂本の頭には空港が出来ていた。空港の一部は空き地でそこでは反対派がピケを張っていて、強制排除しようとする会社側の集団とにらみ合っていた。
「我々は企業の圧制に対して正義を貫く!!」
 と反対派は拡声器等で怒鳴り声をあげ、坂本を不快にさせた。やがて小ぜり合いが始まり、騒音は頂点に達した。
脚本のアイディア出しがうまくいかず、ただでさえイライラしていた坂本はとうとう耐えかね、強硬手段に出た。オーストラリアの人気ハードロックバンド、AC/DCを大音響で流し、激しくヘッドバンキングしたのである。予想外の行動に反対派と会社側は慌てふためき、現場は阿鼻叫喚の大混乱におちいった。
 翌日、反対派の姿は消え失せ、無事完成した滑走路には飛行機が次々と到着していた。

 某日。坂本の頭に結婚式場が現れた。その頭で坂本は行きつけのエステへと赴いた。
顔のマッサージを受けていた坂本は、美容師の手が止まったのでふと気になって目を開けた。ちょうど頭の上の結婚式では、新婦が両親への手紙を読んでいた。美容師たちはその様子に感激し、見入っていたのだ。坂本はあきれた。

 某日。坂本は検診を受けに病院へと赴いた。その日、頭の上ではとある家の法事が行われていた。待合室で診察を待つ坂本の頭の上から坊主の読経が流れてきて、そのあまりに不謹慎な光景に坂本は形見の狭い思いをするのであった。

 某日。とある作品のシナリオ会議に出席した坂本。頭の上では寄席が出来ていて噺家が演目を披露していた。中々の名人で坂本の周囲の人々は必死で笑いを堪えていた。

 某日。坂本の頭に甲子園球場が現れた。行きつけのそば屋でざるそばに舌鼓を打っていた坂本は、食べ終わり席を立とうとした。
「ねえちゃん、今、いいとこナンや。ちょっと座っててくれんか?」
 ふと周りを見ると彼女の周りに黒山の人だかりが出来ていた。皆、彼女の頭の上で繰り広げられている熱戦に目が釘づけなのだ。坂本はうんざりした顔で席に着き直した。
 

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