小説

『私の頭の上の話』坂本和佳(『鼻』芥川龍之介/古典落語『頭山』)


 某日。坂本の頭では中川翔子のコンサートが開かれていた。
喫茶店のテラスで沢海(そうみ)を待つ坂本の周囲を色とりどりのコスプレで着飾ったファンが取り囲んでいた。彼らは曲に合わせ拍子を取ったり、掛け声を上げてコンサートを楽しんでいたが、そのやかましさに坂本はうんざりとしていた。
「みんな、コンサートにきてくれてありがとう。ギザウレシス!!」
しょこたんのMCに歓声を上げる観客たち。
「じゃあ、次の曲行きまーす!!空色デイズ!!」
イントロが始まると同時に坂本は耐え切れず帽子を被った。途端にファンからブーイングが起きた。
「ねえ、いいとこなんだから見せてよ」
「うるさいわね!!あんたたち!!ファンだったらちゃんとお金払ってコンサートにいきなさいよ!!」
 あまりの坂本の剣幕にファンたちは蜘蛛の子を散らすように一目散に退散した。

 しばらくして沢海と合流した坂本は最近の現状について赤裸々に打ち明けた。
「頭に何か現れるたびに人が集まってきて・・もう、嫌になっちゃう」
「大変ね。あ、そういえばね最近ネットで調べたんだけど・・」
 そういって、沢海(そうみ)はある思いがけない話をし始めた。それは坂本の症状によく効く薬があるということだった。思わぬ吉報に彼女は身を乗り出してそれに聞き入った。

 数日後、坂本は籾井(もみい)の元を訪れ、例の薬の話をした。籾井は若干渋い顔をしながらその薬の存在を認め、話を始めた。

「まあ、その薬については存じてはおりますがただ・・」
「問題があるんですか?何か悪い副作用とか・・」
「いえ、ありませんよ。人体には悪影響はありません。服用の結果、90%で病状が回復したとの報告もあります」
「そんないい薬があるんなら、すぐ紹介してくださればいいのに・・」
「おすすめしたいのは山々ですが、ちょっと気になることがありまして・・いえ、私も服用したことがあるんですが・・ちょっと問題が起きましてね」
「問題?副作用はないはずじゃ・・」
「副作用ではないんですよ。症状は治ります。ただそれによって心理的な影響がでるんですよ・・病気が治ったら治ったでまた・・」
「それでも構いません!!処方箋を書いてください。お願いします!!」
 懇願に負け、渋々籾井は処方箋を書き彼女に手渡した。
 翌日、薬を手に入れた坂本はさっそく就寝前に服用した。

 翌日の朝、坂本は鏡を見て仰天した。頭は元通りに戻っていたのだ。
 

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