小説

『ユニフォーム』山本康仁(『笠地蔵』)

「後悔するよ、諦めたら」
 お皿の向こう側に隠れた娘の顔を見つめてわたしは言う。
「あ、じゃあさあ、ショウガ買ってきてよ、明日」
 娘がつぶやく。
「ショウガ?」
「遠慮しなくていいんでしょ」
「だからそういうことじゃなくて」
「それから・・・モヤシも欲しいかな」
 わたしの言葉を無視して、娘は買い物リストを連ねていった。

 お店をいつもより早く閉めると、わたしは自転車に乗って夕日がまだ眩しい道を進んでいく。少し離れているが、行きつけの八百屋がある。そこのほうが、近くのスーパーで買うより安かった。形が悪くて卸せなかった地元の農家の野菜を、そこでは安価で手に入れることができた。
 ジョギングする人を避けながら、川沿いの土手をゆっくりとこいでいく。河原沿いに並ぶグラウンドからは元気な声が響いてきた。涼しくなった秋風の中で、揺られるコスモスの花に囲まれながら、幾つかのチームが野球の試合を行っている。その中に、はっとわたしの目を引く、白地に赤い色のチームがあった。これから守りにつくのだろう。グラウンドに駆け出していくその子たちの胸元には、MOMOTAと書かれた文字が躍る。わたしは自転車をとめて、そのグラウンドを見下ろした。
 八人が統一されたユニフォームを纏い、後ろで束ねた髪の上に真っ赤な帽子を被っている。大きな声を出しながら勢いよくボールを投げ合う様子は、この前よりもぐっと野球選手っぽく見える。男の子っぽく見える。キャッチャーの防具は借りているのだろうか。少し大きめの紺色のマスクと胸当てから、赤い色がちらちら覗いた。
 遅れるように一人、マウンドへ走って行く子がいる。白いTシャツにカーキ色の短パン、小学生用の黄色い通学帽で投球練習を始めるその子だけが、唯一赤いユニフォームを着ていない。わたしはあの「よっちゃん」と呼ばれていた子を思い出した。よく見ると白いシャツの上に、絵の具かペンか、「MOMOTA」と一生懸命似せた文字が書かれている。何球か投げた後、汗を拭こうと帽子を取ったよっちゃんは坊主頭だった。どうやらよっちゃんだけが、MOMOTAでたった一人の男の子らしい。
 

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