小説

『ユニフォーム』山本康仁(『笠地蔵』)

「『ひまわり』がいい・・・」
 背の低い、メガネをかけた子がつぶやく。アドバイスを求めるように、みんながわたしの顔を見る。
「野球チームなら、もっと強そうな、動物の名前なんかがいいんじゃないかな」
 わたしは提案した。プロチームも大抵動物の名前だ。それを英語にでもすれば、もっと本格的になるだろう。
「だったら『ももた』がいい」
 真っ黒に焼けた子が白い歯をむき出しにして笑う。つられて他の子たちも笑い出した。
「わたしも『ももた』がいい」
もう一人が賛成すると、わたしを向き直るその子たちは満場一致で頷く。
 「ももた」というのは、この商店街にある魚屋さんのハスキー犬の愛称だ。今年で十歳になるそのハスキー犬は、本当は「ももこ」という名前のお婆ちゃんである。それを魚屋の主人が「もも」と呼び続けたために、その大きさから勝手に子どもたちがオスだと勘違いして、知らない間に子どもたちの間では「ももた」になっていた。
 猫が傍を通っても、もう追い払う気力もなくなった「ももた」だが、それでも子どもたちがお店の前に来ると、重たい身体を起こしてシッポを振りながら近寄っていく。それをキャーキャー言いながら、子どもたちが逃げ回るのをわたしもよく見かけていた。
「『MOMOTA』でいいんだね?」
 白地の胸元に躍る赤いローマ字をわたしは想像する。突然決まったチーム名を、子どもたちが満足そうに繰り返した。
「で、何着いるのかな?」
 紙に自分の想像するデザインを描きながら、わたしは質問を続ける。
「八着です」
 キャプテンの子が答える。わたしはもう一度、目の前の人数を数えた。ここにいる子が全てなのだろうか。それにしても野球は最低九人必要だ。メンバーも揃っていないのにユニフォームを作るのだろうか。
「九着じゃないの?」
 わたしは確認する。
「野球は九人だよね」
「でも、八着分しかお金ないんだもん・・・」
 

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