小説

『ユニフォーム』山本康仁(『笠地蔵』)

「それだけじゃないんだよ」
 わたしは言った。レジの下にもう一度しゃがみ、C号球の箱を取り出す。
「これはおまけ」
 自分が諦めたキャッチボールの続きを託すように、わたしは一球ずつ子どもたちの手に置いていく。残りは袋に入れて、キャプテンの子に渡した。
「ありがとうございます!」
 元気な声が返ってくる。それから子どもたちはユニフォームを丁寧にたたんで戻すと、最後にもう一度、口々にお礼を言ってお店を出ていった。

 それから三週間ほど経った頃だろうか。
「余計なこと、しなくていいよ」
 求人広告を眺めるわたしを見て、台所で準備をする娘が声をかける。学校から帰ってきたところなのだろう。エプロンの下はまだ制服だった。
 お店の仕事は暇といっても、閉めるまではレジにいなければいけないわたしの代わりに、夕飯は毎日娘が作ってくれていた。「わたし、料理好きだから」と言って笑顔を見せる娘も、さすがに来年は受験で忙しくなるだろう。そうなれば夕飯はもちろん、他に手伝ってくれている家事もわたしが全てするつもりだった。塾に通わせる余裕がない分、せめて時間だけは作ってあげたいと思っていた。
 仏前にご飯を供えると、わたしは二人分のグラスを取り出して麦茶を注ぐ。エプロンをつけたまま、娘は食卓についた。手を合わせて、いただきますを言う。
 高校を卒業したら娘は働くと言っていた。どこまで本気なのか、担任の先生との進路面談で、初めてわたしはそんな娘の意思を知った。働くと言っても、わたしが勝手に転がり込んで、父の後を継いだこの店で働くわけではないのだろう。高卒でいったい、何ができるのだろうか。自分の過去を振り返ると、なおさらそれを強く思った。大学には行かせたかった。そのために野球カードを売るのなら、父も賛成してくれるだろう。このお店も閉めて、もっと確実に稼げるパートに就くつもりだった。
「遠慮しなくていいんだからね、お母さんに」
 わたしは言った。炒めた野菜を箸で掴み、ご飯と一緒に口へ運ぶ。
「ちゃんとお肉も食べてるって。ダイエットとか興味ないし」
 そう言って娘はみそ汁をすする。
「そうじゃなくて、大学。行きたいなら行けばいいよ。お金は何とかなるんだから」
「別に・・・」
 残ったピーマンとひき肉をかき集めると、娘はお皿を傾けてご飯の上に落としていく。
 

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