「浮気しないって言ったのに、嘘つき」
懐かしい声。ずっと聞きたかった声。忘れかけていた声。
顔を上げると、月明かりに透ける亜子さんがいた。
「約束したのに。嘘つき」
「……何で今更」
亜子さんは黙って、僕を睨みつける。
「ずっと僕のこと見ていたの?」
「見ていたよ」
「じゃあ、なんで会いに来てくれなかったのさ。浮気したら化けて出てくるって約束したのは亜子さんじゃないか」
「無理だったの」
「無理?」
どこからともなく風が吹き、亜子さんのハチミツの香りが鼻をくすぐる。
「だって、あのときわたし病気の治療で丸坊主になったでしょ」
「そうだけど」
「そんな姿じゃあ、嫌われると思ったから。だから、髪が伸びるまで待っていたの」
そう言って、亜子さんは涙を目にたっぷりためて微笑んだ。
その姿を見て僕は笑って、亜子さんが死んで初めて泣いた。