小説

『三年目の彼女』近藤いつか(落語『三年目』)

 結局、亜子さんが答えを聞くことは無かった。
 春なのに。外はたくさんの花で彩られ、空気も日差しも暖かいのに、僕と亜子さんだけくっきりと隔てられて、白と黒の冷たい世界に放り込まれていた。
 生気もなく横たわっている亜子さんは、精巧なアンドロイドにしか見えなかった。
 今にも亜子さんが、騙されるんじゃないよ、と現れるような気がして、僕は何度も後ろを振り返った。
 僕はお経を聞きながら、おそ松くんのことばかり考えていた。

 亜子さんが亡くなってあっという間に一か月が経った。僕は相変わらずおそ松君ばかり数えていて、見かねた友達が合コンに誘ってきた。
 僕はその誘いに乗ることにした。浮気をしたら亜子さんが化けて出てくるのだ。
 亜子さんが嫉妬に狂うようにわざと女の子にやさしくし、肩を組み、鼻をほじる女について笑い飛ばし、言い過ぎてしまったかと後悔しながら家路についた。
 亜子さんはきっと顔を真っ赤にして、今日の僕の行いを怒るに違いない。
 約束の午前零時まであと一分。僕はベッドの上で正座をして待っていた。
 ピピピピピピ―――。
 零時。
 一、二、三。時計の秒針がチクチク動いていく。でも、亜子さんは現れなかった。
 もうちょっと、時間が掛かるのだろうか。そう思って、膝の上のグーは崩さずに、今か今かと待ち構えていたけれど、目の前の暗闇の世界に何の変化もない。
 午前零時と午後の零時を間違えたのかもしれない。
 翌日のお昼にも同じ格好で待ってみたけれど、亜子さんはあらわれなかった。また夜になっても、もう一度昼がきても、亜子さんは現れなかった。
 あまりにも遠いところに行き過ぎて、もうちょっと時間がかかるのだろうか。変な場所に連れて行かれて、道に迷っているのだろうか。
 何か、きっかけのようなものが必要なのかもしれない。
 アナログテレビをわざわざ買って、わざと砂嵐にしてみた。突然、井戸が現れて、そこから亜子さんが―――。ということも無く、ただザアザアとざらついた光が僕の頬を照らすだけだった。

 

1 2 3 4 5 6 7