小説

『三年目の彼女』近藤いつか(落語『三年目』)

「あ、護送車」
 亜子さんの言葉の指す方を見てみると、ひよこ柄の幼稚園バスが走っていた。護り送るという意味では護送車に違いないが。
「懐かしいね。私も昔は散々お世話になったよ」
「言葉だけ聞いていると、とんだ大悪党だ」
 今日はピクニックがしてみたい、という亜子さんのリクエストで遠出をすることになった。
女の子らしい恰好が苦手な亜子さんにしては珍しく、今日は白地の花柄ワンピース姿で、髪をかきあげる仕草もなんだかしおらしい。この間のお説教も少しは効いたようだ。
 ただ気になるのは……。
「亜子さん、今日ピクニックだよね」
「そうだよ」
「このヘルメット何」
「ピクニックだよ」
「このピッケルは?」
「ピクニックだよ」
「グラインダー……」
「ピクニックだよ」
「僕の想像しているピクニックと違う」
 高まる不安をよそに、近所の公園にたどり着いた。
 遠くにコンビニの袋が飛んでいるとおもったら、昼の空に浮かぶ月だった。
 ベンチに着くと、亜子さんが持参の水筒からお茶を入れてくれた。亜子さんもたまにはこういう優しさをみせてくれるのだ。紙コップが四つあるのが気になるけれど。
「上向いて」
 うん。上を向いた先には、葉が全て落ちきった枝があり、ついこの間まであんなに緑であふれていたのに、と一年の過ぎ去る早さを思い知らされていると、温かいものを額に感じる。さっきのお茶をのせられたらしい。
 戸惑っているうちに、ほい、ほい、とテンポ良く両手の甲に温かい物がのせられる。
「動いたら、死す」
 そう言って亜子さんは、身動きがとれなくたった僕の横で優雅にお茶をすする。これはこの間の説教の仕返しだろうか。
「あれ、コンビニの袋が空を飛んでいると思ったら月だった」
 同じことを思ったんだよ。と、声をかけたかったけれど、少しでも口を開いたら額に乗せられたお茶が大変なことになりそうなので、なにも言えなかった。
額が、少しずつ、やんわりと熱くなってくる。
「しかしまぁ美人薄命とは、よくいったものだね。わたしの余命、あと三ヶ月だってよ」
僕は大きく眉をよせた。お湯がちゃぷりと音をたてる。
「お涙頂戴なんて大嫌いだ」
 亜子さんの顔を見ることができない。
「世界の中心だろうが、端っこだろうが愛なんて叫んだら許さん。以上、解散」
 そういって亜子さんは僕を放って去って行った。
 

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