小説

『桜木伐倒譚』大宮陽一(『ワシントンの斧』)

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  睦子ばあちゃんへ
 今日は僕が『孫を代表して』とのことではあるけれど。
 ねえ、おばあちゃん。
 僕なんかがおばあちゃんとおじいちゃんの孫やひ孫の代表になれるわけもなく、僕は数いる孫のひとりの僕でしかないのだから、今日は、僕が僕としておばあちゃんについて記憶している話をさせてもらいます。
 なんでもおばあちゃんの信仰心に従えば、死んだ後四十日と九日は、おばあちゃんはまだこのあたりをうろうろしているということだから、もし他の孫たちからも話を聞きたくなったら、是非とも一軒ずつ孫のところを訪れて話を聞いてみてほしい。きっとそれぞれにそれぞれのおばあちゃんとの思い出話を持っているはずだから。
 葬儀のあいだに聞ける分については聞いたらいいと思うのだけれど、すべての孫がここに集まれたわけでもないから、今日はとりあえずここに来られなかった孫たちの住所を順番に読み上げることからはじめたいと思います。

 メモの用意はいいかい? じゃあ、はじめるよ。
 一人目はカルガリーにいる、アカネちゃん。旦那さんはちかくの寿司屋で働いているけれど、アカネちゃんのマンションはサウスウエスト五番通りにあったはずだよ。いきなり家に上がり込んだらびっくりするから近くのショッピングセンターで待ち合わせるのがいいと思う。住所の詳細が必要だったら、今日、喪主を務めている貴志くんに聞いたらわかるはず。でもね、そんなことしなくても、家の近くのショッピングセンターで会えるんじゃないかな? なにかといえば、僕の家に《Core Shopping Center》ってところで買ってきた食材を送ってくれるから。
 二人目は中国の上海市にいるユタカさん。今もときどき論文に行き詰ると市内の人民公園を散歩しているようだから、人民公園に行けば会えると思う。誰の目に触れることもない日記をせっせとインターネットに書きこんでいるようだから、僕はたまに読んであげるんだけれど、彼はいつだって決まって人民公園の写真をあげているからね。よほど人民公園が好きなんだと思う。なんでもユタカさんは中国人より中国人らしいって話だから、もしできることなら、『ニイハオ』って声をかけてみて。発音にうるさい人だから、考え事の最中でも怪訝な顔をして振り向いてくれるにちがいない。
 

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