小説

『桜木伐倒譚』大宮陽一(『ワシントンの斧』)

「いいから言われるままに手伝え!」
 こちらとしても今から地元に戻ったところでお通夜には間に合いそうもないから、どうしたものかと問いかければ、何でも葬儀の席でおばあの棺を前に、孫を代表して弔辞を読んでほしいとのことだった。
「今から用意をしてとりあえずはそちらに向かうけれど、僕は知っての通り、仏式、神式にかかわらず、そういう特定の宗教くさいところには出入りしたくない」
 子どものごとく駄々をこねてみたものの、貴志くんは『待ってました』とばかりに返事をよこした。
「なあ、みいくんよ。あんたが葬儀の席に真っ赤なレオタードを着て来ても、クマの着ぐるみ姿で現れようとも、今さら誰も驚きはしない。そんなの今まで散々見せられて慣れてしまっているんだよ。まあ、とにかくどんな格好でもいいから、弔辞だけは読んでほしい。ことばを使うのはあんたの仕事だろ? 服を着るのはあんたの仕事じゃないから誰も文句は言わんだろう」
 貴志くんにもこちらの手口はすっかりばれている。私の過去の行動、たとえば祖父の葬式に忘年会で使用したピンクパンサーの着ぐるみ姿で参列したことまでもしっかり記憶に残っているようなのだ。こちらとしてはあのぐらいしておけば、『我が一族の恥さらし』と思われて、二度と面倒な葬式なんてお声がかからないだろうとタカをくくっていた。にもかかわらず、どうも期待通りには事が運ばないようで、仕方がないから、「じゃあ、今回はジェイソンみたいにチェーンソーでもかついで葬式に行かせてもらおうか?」と答えれば、「どうぞどうぞ」と言われる始末。
 地元に帰る電車というのは、こういうときに限ってちゃんと終電前の何本かが残されているもので、頭の中で時間を逆算すれば、今日中にも帰れてしまう。それでも貴志くんに言われるままなのは面白くないから、電話を切る直前にさらに付け加えた。
「貴志くん、チェーンソーの調子が悪いようだから、途中、農機具屋に寄ってから帰るから、そちらに着くのは明朝十一時になる」
「かまわないよ。何なら、ジェイソンのお面はこちらで用意しておこうか? とにかく、それで結構。ナミちゃんとこのヤストシに迎えに行かせるようにするから。待ち合わせは駅でいいね? 十一時だよ」
 こちらの返事を待つこともなく、喪主は電話を切ってしまった。

 包囲網というのは案外簡単に張り巡らせられるもので、逆に逃げ出すのは難しい。諦めて明朝早くの出発の用意をしてから、いつも通り机に向かった。しかし、仕事がはかどるはずもない。音楽をかけ、テーブルの端っこに置かれたウィスキーボトルからグラスにとろりとした液体をそそいで飲んでみる。出てくるのはため息ばかりだ。何がため息の発生源かもわからない。
 観念して吐息ついでに頼まれた文章を打ちこみはじめた。弔辞とやらの下書きだ。
 

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