小説

『サルとカニの向日葵』渡辺恭平(『猿蟹合戦』)

ほんと死んでほしい。あいつさえいなくなれば楽しく遊べるのに。ばかあほばか。いなくなれ。あいつのヒマワリの種だけしんじゃえばいいのに。あいつだけなけばいい。みんなもそう思ってる。私もそう思っているし。あーむかつく。ほんとむかつく。あいつもあいつのヒマワリの種も死んじゃえ。

 桶の水は黒くなっていった。あの子の日記も一緒に洗ってしまえばいいかもしれない。そうすれば、きれいな音色を奏でてくれるかもしれない。千恵子は口角を無理やり吊り上げ、すぐ下げた。
 真紀の気持ちは痛いほどわかる。あたりまえだが母親というものは皆小学生時代を経験しているのだ。当時の自分の気持ちを詳しくは覚えていないが、真紀のそういった気持ちは痛いほどわかる。別に三十路を控えた母親が皆小学生にたいして、ぴちぴちの肌がうらやましいしか思っていないわけではないのだ。
 だが、三十路を目前にした女というものは少女ではない。目元に刻まれつつあるしわやシミは、単に年齢だけの問題ではない気がするのだ。いろいろなものを見て、判断してきたからこそそれは宿るものなのだと、千恵子は自分に言い聞かせた。
 今回のことも千恵子から見れば、梨華ちゃんだけが悪いわけではないのは明白だ。原因を作ったのはリカちゃんであるが、問題にしたのは真紀だ。嫌と思ったことはきちんと断らなければならない。サルカニ合戦でもそうだ。物語冒頭でカニが一言「嫌」と言っていれば何も起こらずに済んだかもしれない。真紀はそれができないのだ。自分の気持ちを素直に言うことにためらいを持っている。小学生だから仕方ない、と思う反面やはり母親としては心配の種だ。
それだけじゃない。梨華ちゃんという面倒な生き物と関わりたくないという思考もあったのだろう。そう考えるなら、今まで梨華ちゃんに好き勝手させてきた母親、先生、周りの子、そして見て見ぬふりをしてきた千恵子自身にも非はある。もちろん、梨華ちゃん自身にも問題は山ずみとしてあるが。
 

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