小説

『サルとカニの向日葵』渡辺恭平(『猿蟹合戦』)

 まんまサルカニ合戦だ。不謹慎ながら、千恵子はそう思ってしまう。不本意な交換から始まり、理不尽な出来事、そのあとのしっぺ返し。あぁどうすればいいのやら。千恵子はつぶやいた。
 これから母親として何を真紀に言えばいいのか、千恵子にはさっぱり見当もつかない。真紀だけが悪いのではない。自分もそうだし周りも悪い、もちろん梨華ちゃんも悪い。そういってしまえば、逆もまたしかり。真紀だけが悪くないわけではないのだ。
 千恵子は真紀の部屋にノックを三回して入った。
 ランドセルが乱暴に床に転がっている。布団はぐしゃぐしゃ。机の上も教科書が散乱している。千恵子に敵対心をあらわにしているのはすぐにわかった。
 真紀は回転いすに座って、千恵子に背を向けている。あなたの話は聞きません。あの子は当然の報いを受けただけです。そう背中が語っている。同時に、猫背気味の姿勢は罪悪感を感じているのを表しているのだと千恵子は推測した。日記がかかれなくなったのがその証拠だ。今回のことが清々としたのなら話は別だが、そうでないことは母にはわかる。真紀にとってあまりにも後味が悪すぎる。
 千恵子は何も言わずに、真紀の頭を撫でた。そして、そっと抱きしめた。こうすることしかできなかった。真紀はまだ子供なのだ。小学五年生なのだ。さっきはサルカニ合戦だとか茶化してみたが、これは昔話ではない。面白話でも教訓話でもない。娘の人生の一部なのだ。サルカニ合戦ではサルが痛い目にあってハッピーエンド。真紀はそれをよしとはしなかった。苦しんでいる。そのことが千恵子の涙と、言葉をさそった。
「真紀。これからあなたがどうするか、それが大事なんだとお母さんは思うわ」
 それだけを伝えた。部屋には深くどんよりとした空気が居座り、散乱した私物が真紀の心を語っている。正直、千恵子はこれでいいのか、こんな言葉でいいのか。それは最後までわからなかった。ただ、真紀にたいして怒りや侮蔑の気持ちは一切ない。真紀は真紀らしく成長しているのだ。このバットエンドはある意味で真紀にとってはハッピーエンド、なのかもしれない。自分の気持ちを、うまくないとはいえ表現できたのだ。相手が梨華ちゃんだったのがいけなかっただけだ。
 そう思ってしまい、千恵子は自分を戒めるように真紀を強く抱きしめた。私は何も成長していないな。千恵子は歯を食いしばった。それしかできない自分に腹が立った。
 すると真紀は小さく口を動かした。
 

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