小説

『サルとカニの向日葵』渡辺恭平(『猿蟹合戦』)

 そこまで導き、千恵子はもう一つ、面倒なことに気付いた。望まない交換。千恵子は苦笑いをした。真紀は自分の意見を押し殺してまで相手の意見を尊重してしまう癖がある。衝突が怖いのだ。ただ、めったに言わないが、一度わがままが始まると頑として譲ろうとしないのだからわからない。引き出しの中にちりばめられたビーズも、大事にするという半ば脅しのような懇願をされたので買ってやったというのに、この始末だ。そのわがままでさえ、普段気持ちを言ってくれない娘の母からすればうれしいことなのだ。こうやって娘の日記を盗み見ることをしなくてもいいのだから。
 日記に書かれた時点で相手のシルエットははっきりしていた。念を押すようにもう一度考え直す。やっぱり梨華ちゃんか。千恵子は額に右手をあてた。
 まだ推測の部分が強すぎるため、断定はできないがとりあえずこれからますます真紀の日記は黒くなるだろう。なにせ、この日記の八割は梨華ちゃんへの呪いの言葉なのだから。

 シャーロックホームズを二で割った千恵子の推理は、それでも的中していた。昨日の残り物、豚肉を甘醤油で大根と一緒に煮込んだおかずを具材にしたおむすびをほおばり、千恵子は真紀に誘導尋問を開始した。
「ひまわり、どうなの。ちゃんと育ってる?」
 あくまで遠まわしに聞いた千恵子。探偵とは決して相手に悟られてはならない。探偵とコソ泥は常に背中合わせなのだ。感づかれてしまえば、娘の気持ちをするチャンスを逃してしまう。
「しんない。私のは、さかないかもね」
 ソファに腰かけ、おざなりな返答をしてきた。テレビに夢中なのかそれとも、千恵子の質問に揺さぶられているのか。テレビには奇怪なリズムでよくわからない言葉を連呼するお笑い芸人が写っている。真紀は日ごろから「こいつらの何がおもしろいのかわからない。みんな子供だね」と大人ぶっていたのを千恵子は思い出す。お前もこどもだろ。とツッコミたい気持ちを抑えていたのも記憶に新しい。そう考えると、千恵子の推理は答えを導いた。これは後者だな。
 

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