小説

『長靴を(時々)はいた猫』福井和美(『長靴をはいた猫』)

 そんなわけで、今トラは、あるホテルのオーナーと面会していました。
「貴方の事は、良く知っていますよ。伝説の『長靴をはいた猫』様でしょう。よくこんなへんぴな場所へおいでいただきました。ぜひわがホテルのマスコットキャラクターになって、ホテルの再生に力を貸していただきたい」
「やはり、ここはあまり客が来ないのですね」
「残念ながら。でも、昔はそうではなかったのです。良い湖や森があるし、釣りやハイキングを楽しむお客でにぎわっていたのですよ。いったいどうして、こんなにさびれてしまったのか・・。まるで呪いにかかったようです」
(思ったとおりだ)とトラは心の中でつぶやきました。実は、森の中に人間嫌いの魔女が住んでいて、あの手この手でホテルに人がくるのをじゃましていると、ある旅猫に聞いたのでした。
「ぼくがホテルの宣伝をしましょう。ただし、条件があります。ぼくのご主人様をパティシエとして、このホテルに迎え入れていただきたいのです」
 ここで、トラは持ってきたサブレを取り出しました。
「これを貴方のご主人様が・・? おやおや、なんて可愛らしい。食べるのがもったいないですね」
 そう言いながら、オーナーは一口かじってにっこり。
「ご主人様にお伝えください。ぜひわがホテルにお迎えしたいと。今は料理長がひとりでデザートも作っていますが、忙しくなれば、必ずパティシエも必要になりますからね」
 その夜、ホテルの一室で、トラはぐっすり眠ることができました。
 ところが、朝起きてみると・・。
「ない! ぼくの長靴!」
 ベッドのすみに置いておいたはずの長靴がどこにも見当たらないのです。
 トラはホテル中を探してまわりました。すると、後ろから小さな猫の鳴き声が・・。振り返ると、そこにいたのは一匹の黒猫でした。
「長靴、探してるの?」
「うん。きみ、何か知ってる?」
「たぶん、魔女が持っていったんだと思う」
「魔女って、森に住んでいるっていう魔女のこと?」
「そう。行ってみる? 案内するよ」
 黒猫について、トラは森へと急ぎました。
 森の奥のそのまた奥へ、どんどんと進むにつれ、あたりは薄暗く、冷ややかな空気に変わっていきます。
 と、突然、黒猫の姿が消えました。
「あれ?」
 トラがきょろきょろとあたりを見回したその時、上から落ちてきた大網に、トラはからめ捕られてしまいました。
「つーかまえた!」
 そこには、意地悪そうに目を細めた、小柄な老婆が立っていました。
 

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