小説

『寝太郎と私』平井玉(『三年寝太郎』)

①まあ試してもよい②このメモは見なかったことにしたい③何のことかわからない」とあった。①に丸をしておいた。食器を二人で片付けた後、二階に上がってセックスした。あまりに久しぶりで、よかったのかどうかもわからなかった。寝太郎が小学校から使っていた狭いシングルベッドに二人並んで、気を付けの姿勢で寝ていると、腕がぺたりとくっついた。寝太郎の肌は予想通りもちっとしていて、ふれるとひんやりした。
「それで、自分探しのようなものは終わったの」
「別に、ただ、泥をかきだしたり、廃材を片付けたり、物を運んだりしていただけだから」
 しばらくしてから、ぼそっと言った。
「自分って、空のバックパックみたいなものだと思う。だから、見つけるも何も」
 寝太郎は学生時代山に登ることより荷物を詰めるのが好きだった、と語った。
「才能あるんですよ。こう、重さや固さのバランスをとって、背負って疲れないパッキングをする」
 パッキングがしたくて山へ行ってたのかもしれないと笑った。
「自分って入れ物に、何を入れるかってことかなあ。僕の場合は、しなきゃいけないものでパンパンになってた。元々の容量が少ないのかも」
 一度空にしてみたら、次に何を入れたらいいか、わからなかった。
「自分のしたいことでパンパンになる人もいるんでしょうけどね」
「入れるものが無い時、男は妻子を背負うんじゃない」
 向こうで案外もてたんじゃないの、とつっこむと、寝太郎は声を出さずに笑った。
「そうかも。今までの人生で一番もてたかも」
「こうなってから言うのもなんだけど、あんた、若い娘と付き合った方がいいよ」
 しばらくしてから、若い娘じゃ、容量が不足していると思う、と寝太郎は言った。
「キオスクさんくらいが、ちょうどバランスがとれる感じ。一人用テントくらいのかさで」
 なんだか小ずるい男だね、と返した。夕方になって、風が入って心地よい。しばらく、虫の声や家電がたてる音を聞いていた。この家はこんなに色々な音で満ちていたっけ?

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