「苦しそうにしないといけないのに、どうして恥ずかしそうにしてるのよ」
「す、すいません。私、人前で何かを表現するのって初めてで……」
尻込みをする私に、花子さんは容赦なく言い放った。
「そんなこと言ってたら、人なんて驚かせられないわ」
すっかりしょぼくれてしまった私の肩を、花子さんは、再びがばっと抱えた。
「自分の殻に閉じこもってちゃダメ。壊していこう。攻めていこう」
「そうですね。新しい自分を出していかないといけませんよね」
「分かってるじゃなぁい!」
その言葉を聞いて、花子さんは、肘で私の腕をぐりぐりした。
花子さんは、お調子者だった。
「ところで梅子さん」
「桜子です」
「あなたの幸薄そうな顔を活かして、こんなのはどうかしら」
軽くショックを受ける私をよそに、花子さんは話を続けた。
「髪を全部前に持ってくるんじゃなくて、片方だけにするの。そして、少しうつむき加減に前を見る」
「こうですか?」
私は花子さんに言われた通りにやってみた。
「違う、違う。睨むんじゃなくて、フツーに前を見るだけでいいわ。うん。そうそう。幸の薄さが際立って、最高よ!」
何げに引っかかるが、一応花子さんの中でオッケーが出たらしい。
その後話し合った結果、今度は私が花子さんのトイレに待機することになった。
段取りはこうだ。
子供たちがドアをノックし、「花子さん」と呼んでも「はい」とは答えず自分の名前を名乗る。違う名前が返って来たことに子供たちが驚く。追い討ちをかけるよう、私自身がドアを開ける。そして私に更なる恐怖を感じることとなり、私、『桜子』の名前が一躍有名になっていくというもの。
これでようやく私も『ただの桜子さん』から、『トイレの桜子さん』になれるんだ。
私はもうすぐやってくる未来の自分を想像し、胸がワクワクした。
ここだけの話、花子さんより有名になってしまったらどうしよう。花子さんより若いし、ちょっとだけだけど可愛いし、ファンの人とかできたら困るだろうな。今からサインでも練習しておいたほうがいいかもしれない。
などと考えているうちに、二時限目が終わるチャイムが鳴った。
「ほら、来るわよ!」
私は急いで場所を交代し、花子さんのトイレに待機した。
「マジウケるぜ」
「ホントかよ」
先ほどの子供たちのようだ。新しく友達を引き連れ、トイレに入ってきた。
「さっきなんか、三番目ノックしたら、隣から女の子出て来てさ、正直焦ったわ」