小説

『となりの桜子さん』陰日向(『トイレの花子さん』)

 奥に向かって歩く私の後ろでは、花子さんが臭いに耐えかねて鼻をつまんでいる。
「花子さん、どうしてこんなことになっているんですか?」
「きっと子供たちが綺麗に使っていないからでしょうね。それにロクに掃除もしてないんじゃなぁい? やあねぇ」
「でも、今まで歩いて来た所は綺麗だったじゃないですか。どうしてここだけこんなことに」
 信じられない状態に私は声を荒げた。反対に花子さんは、冷静に状況を見極めていた。
「トイレっていうのは、人が一番掃除を嫌がる場所なのよねぇ」
「花子さん……」
「だからみんな手を抜いて掃除をしがち。当然汚れは綺麗に落ちないわ。そこに新しい汚れが付着する。するとさらにトイレ掃除をすることが嫌になる。いわゆる負のスパイラルねぇ」
「そんな……」
 せっかく与えられた新しい場所を、綺麗な場所をこんな風に扱うなんて。トイレに住んでいる者として、私は許せなかった。
「ふー。スッキリしたー」
 さっきの子たちが目の前の個室から出てきた。見ると、トイレットペーパーがきちんと切られておらず、だらしなくのびたままになっている。
「おい、また今度、花子さんトイレに行こうぜ」
「もう連れて行ってないヤツ、いないだろ」
「部活のヤツらがまだだよ」
「あいつらなら、マジで怖がりそう」
 子供たちは、談笑しながら洗面台に並んで手を洗いだした。しかしその動作は乱暴で、水しぶきがそこらじゅうに飛んでいる。
 確かに自分も生きていた頃、トイレのことなんて真剣に考えたことがなかった。掃除も率先してやる方ではなかった。しかし、綺麗に使うことは心がけていたのだ。
 私は見かねてその子たちの間に入った。
「ちょっといいですか」
 そして、まず左の子に詰め寄った。
「どうしてそんな使い方をするんですか? ここを使うのはあなただけじゃないでしょう?」
 しかしその子は私に気づかず、機嫌よく鼻歌を歌い始めた。

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