小説

『となりの桜子さん』陰日向(『トイレの花子さん』)

 誰でも一度はお化けにまつわる学校の都市伝説や、怪談話を耳にしたことがあるだろう。
 その中で最も有名なのが『トイレの花子さん』だ。
 地域によって多少の違いはあるが、話の筋はというと。
 学校にある三番目のトイレでドアを三回ノックする。
 そして「花子さん」と呼ぶと、かすれた声で「はい」と返事が聞こえてくる。
 そのままドアを開けてみると……。
 おかっぱ頭の赤いスカートをはいた女の子が姿を現すというものだ。
 多くの人は、嘘や作り話、ただの噂だと考えると思う。
 しかし、『トイレの花子さん』は実在する。
 なぜなら、
 私はその花子さんのとなりのトイレに住んでいる、桜子というお化けなのだから。

    

 ここは都内にある高校。L字型の校舎の隣に渡り廊下を挟んで古い建物がある。少しづつ校舎を新しくしていった過程で、ここだけが取り残された形だ。二階には音楽室があり、三階は物置がわりになっている。そして一階にはトイレがあった。
 子供たちは新しい校舎のトイレを利用することが多く、こちらのトイレを使う者はあまりいない。横長の手洗い場についている数個の蛇口も、その首に垂れさがる網に入った石鹸も、出番なく寂しそうに佇んでいた。しかし……。
「花子さん」
「は、い」
「おい、返事来たって」
「チョーヤバイんじゃねぇ?」
 今日も三番目のトイレのドアをノックし、花子さんの返事を聞いて喜んでいる子供たちがいた。
「マジうける」
「本気にしてるヤツ、いんのかな」
「チョーだせぇ」
 外国人のような言葉を交わしながら、子供たちはトイレを出て行った。それを確認した私は、自分のトイレの上から花子さんのトイレを覗き込んだ。
「花子さん、相変わらず人気ですね」
「そうぉ? でも最近、みんな声を聞いただけで帰っちゃうでしょ? だから面白くなぁい」
 花子さんは私の顔をちらりと見上げた後、鏡を取り出し髪を整え始めた。

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