小説

『泣いた赤鬼が出来るまで』高橋真理(『こぶとりじいさん』)

 本当は与兵衛がうらやましい。自分もあぁやって嫌なことは嫌だと怒鳴りつけられたらどんなにかすっきりすることだろう。
 もんもんとした気持ちで身体を丸める。外は変わらず雨が降っており、八兵衛はそのまま眠りこんでしまった。
 ふと、どこからともなくお囃子の音がして八兵衛は目を覚ました。
 雨宿りに入った木のうろでそのまま眠ってしまったのだ。雨はすっかりあがって、空には煌々と星が瞬いている。
「しまった、寝てしまった。まぁ、帰りを待つ人もいないからいいか。それにしてもこの音楽は何だろう」
 森の奥から聞こえてくるお囃子は軽妙なリズムで鳴り響き、聞いていると思わず踊りだしてしまいそうなエネルギーに満ちている。八兵衛は木のうろからそっと抜け出すと音のする方向へそろそろと足を進めた。しばらく歩くと、ちょっとした広場のようなところに出た。そこの中央にはなんと見るも恐ろしい大きな鬼たちが楽しそうに踊ったり歌ったり飲んだりして宴を開いている。八兵衛は一瞬腰を抜かしそうになったが、ふと鬼というものは元来陽気で宴会好きなので、怒らせさえしなければ問題はないんだという祖母の話を思い出した。そして、人にはないような神秘的な力を持っているとも。
 もしかしたら、こぶを取ることなど朝飯前かもしれない。
 そこで、鬼たちの踊り方をまねてその輪に加わった。鬼たちの腰くらいの背丈の八兵衛ははじめなかなか気づいてもらえなかったが、そのうち踊りを舞う鬼たちの間にさざ波のように「人間がいる」と伝わり始めた。踊っていた鬼たちは踊るのをやめ、笛や太鼓の演奏者たちもしだいに音を奏でるのをやめていく。お酒を飲んでいた鬼たちも、ひそひそと八兵衛を見て何かをささやきだした。
 これはまずいことになった。
 そう思った八兵衛はその場にがばっと土下座をした。
「お囃子の音があまりにも楽しそうだったので思わず混ざってしまいました。どうか、命だけはお助けください」
 八兵衛の様子をちょっと遠巻きで見ていた鬼たちの中から、一人の大きな赤黒い肌をした鬼が出てきた。
「別に俺たちの踊りの輪に加わるのはかまわねんだよ。ただよ、人間は俺たちを嫌ってる。お前、武器とか持ってねんだろうな?俺はそれが心配だ。お前たちは残酷だ」
「武器だなんて、そんなそんな」
 八兵衛は体を起こすと両手を大きく目の前でふった。その時、右のほっぺにあるこぶがぷるぷるとふるえるのがわかった。
 そうだ!
 八兵衛は右頬のこぶを指差すと「これをみてください」と左手を地面について憐れっぽく語り始めた。

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