小説

『アリとキリギリス』山田洋州男(『アリとキリギリス』)

「アリさん、何か食べ物を分けていただけませんか」
「キリギリスさん。今頃どうしたの。これだけ寒くなってくるとキリギリスさんたちの歌もめっきり聞こえなくなってくる頃じゃないの」
「たしかに仲間たちはどんどん減っていますが、ぼくはもっと歌いたいんです。卵にだって聞かせてあげたいと思っています。どうか、ほんの少しでいいですから、食べ物を分けてもらえないでしょうか」
 アリは「ちょっと待ってね」と言って家の中に戻って行きました。
 キリギリスはこれでもう少し生きていられると、ほっとしながら待っていました。
 アリが現れました。手には何か細くて長いものを持っていました。意地悪そうな顔をして言いました。
「キリギリスさんにはこれなんかどう?」と言って何かを差し出しました。
 キリギリスは「ありがとう」と言って手を出しましたが、その手が途中で止まりました。アリが持ってきたものはキリギリスの足だったのです。キリギリスは思い出しました。アリは何でも食べてしまうことを。ここにいては自分も捕まって食べられてしまうと思い、急いで逃げ出しました。
 キリギリスは、アリの家から離れた所まで来たので、後ろを振り返りました。アリは追って来てはいないようでした。何とか逃げられたと思い、ほっとして休んでいると「キリギリスさん、キリギリスさん」と誰かが呼んでいます。キリギリスが周りを見回すと、アリがいるではありませんか。
キリギリスは驚いて、アリから逃げようとしました。
「キリギリスさん、わたしは何もしませんから逃げないで下さい」
 キリギリスは、おそるおそるアリの方に向き直りました。
 よく見ると、さっきのキリギリスの足を持ってきたアリとは違うアリでした。
「キリギリスさん、食べ物を持ってきました。これは夏の畑でとれたものです。少ないですが食べてください」
 キリギリスはびっくりしました。そして喜びました。食べられてしまうと思ったら、食べ物をもらえることになったからです。
「ありがとうございます。だけどアリさんは、ぼくらキリギリスのことを嫌いみたいだったから、何ももらえないと思っていました。それに、ぼくは君たちアリさんに食べられるかもしれないとも思ったのに」
 アリは首を横に振った。
「わたしたちアリは、キリギリスさんのように体が大きい場合、生きている時に運んだりしません。それと、キリギリスさんたちを嫌っているわけではないのです。わたしたちは歌を歌えないけれど、歌が嫌いなわけではないのです。聞くのは好きです。ただ、わたしたちが暑い夏の日に、一生懸命汗だくで食べ物を運んでいた時、キリギリスさんは歌って遊んでいたでしょう。そんなキリギリスさんに、ただであげる訳にはいかないのです。この食べ物は、さっき仲間が、キリギリスさんにひどいことをしたので、お詫びの意味でもってきました。どうぞ受け取ってください。そして二度と私たちの家に来ないでください。もうあげられる物はないですから。それではキリギリスさんごきげんよう」と言ってアリは食べ物を渡すと帰っていきました。

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