小説

『ランプ屋』林ミモザ(『こぶとりじいさん』)

 そして月曜日がきた。美咲が出社すると、社内では大変な騒ぎになっていた。
 珠美先輩が競合する会社の人間と裏取引を交わし、新製品や発売日などの社内機密を横流しして、その見返りに多額の報酬を受け取っていたというのである。当然のように珠美先輩は懲戒解雇となった。背任罪での告発も免れない。営業成績が伸び悩み始めたとほぼ同時期に手を染めたらしい。
 すぐに美咲は部長に呼ばれた。
「田城くん、これからは藤沢のポジションの穴を君が埋めてくれ。社内の空気を一掃できる力が君にはある。期待しているよ」
 こうして珠美先輩はあっさりと美咲の目の前から姿を消した。
仕事は以前とは比べ物にならないほどに多忙を極めたが、美咲はいきいきと仕事に精を出した。成績は右肩上がりに伸びていき、肩書は主任だった珠美先輩を超えた。貯金もぐんと増えて生活は楽になった。まるで彼女の人生を、神様が祝福してくれているようだった。

 恋人のタケシは、出会った当初こそ空間クリエイターを目指しているなどと言い、小難しい専門用語を連発していたが、それにしては仕事らしい仕事もせずに、毎日都内のあちこちで行われるイベントをひやかすだけの日々を送っていた。それでも美咲に将来の夢だけは熱く語り続けたし、外見もスマートで彼女の好みのタイプだった。服や遊びの趣味も合う。何より自分のことをいつも愛しているといってくれるので、美咲はタケシと結婚するつもりでいた。
つきあって半年ほどして、両親に彼を引き合わせた。けれど美咲の両親は、タケシの、人間性の軽さをひと目で見抜いたようだった。彼とつきあうのは止めなさい、と会うたび娘に厳しい顔で忠告するのだった。
「タケシ、ごめんね。うちの両親、あなたに失礼なことばかり言ってる。許して」
「やってらんねーよ、俺の夢をはなからバカにしやがって。お前の親、石頭にもほどがあるぜ。つくづくイヤになる」
「私はあなたと結婚する。それは変わらないから」
「けどさ、今のままじゃな…俺たちの前途は多難だな。ったく、どうにかならねーもんかな」
 美咲は子供の頃から、結婚するなら二十八歳までに、と密かに決めていた。タケシは大切なタイミングで出会った男だ。しかしこのままではその計画は叶いそうもない。
(この人が自分の元を去ってしまったらどうしよう?)美咲は怯えた。最近はどうやら知らない子と遊んでいる気配もあるのだ。
――早く結婚しなくちゃ!美咲の心に、焦りが小さな黒い渦を巻きはじめた。

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