小説

『ランプ屋』林ミモザ(『こぶとりじいさん』)

 マスターは、そんな美咲の思いの丈を、優しい目をしてじっと聞いていた。
「でも、今日から直します。っていうか、毎回そう思うんですけど。マスターに言われて、改めて自分でもイヤな癖だなって思いました。ありがとうございます」
 彼は素直に頭を下げる美咲の姿に目を細めた。そして言った。
「あなたはそのこぶさえなければ、もっと軽やかに明るい気分で毎日を過ごせるのだろうね。うん、確かにそのこぶはあなたにとって、少し余計な存在であることは間違いなさそうだ…かわいそうに」
 美咲は共感してくれたマスターの言葉に新鮮な歓びを感じた。これまではただ気にするなと言われるばかりだったのだ。誰も本気で自分の悩みなど聞いてはくれないと思っていた。そう思うと、涙が出るほど嬉しかった。
美咲はチェアから降り立った。
「マスター、話を聞いて下さって感謝します。何だか元気になりました。ご馳走様でした。また、来ます」
「それは良かった、余計なものを抱えて困っている時はいつでもおいで。ここに来れば少しは楽になれるから」
 黒い絨毯敷きの階段を昇り、ドアを開けて外へ出ると、雨は上がっていた。
 美咲は何とも言えない晴れ晴れとした気持ちで店を振り返った。ランプ屋の看板の灯は、もうすでに消えていた。
(私のためだけに?――まさか、ね)
 帰路につく彼女の心と足取りは軽やかだった。

 翌朝。
「え?何?ちょっとこれ…、これって…ウソ!えーっ!すご…マジ?」
 洗面所の鏡の前で、両手で濡れた顔を包んだ美咲は、ありとあらゆる感嘆詞を連発した。
無理もない。あの憎きこぶが、見事に姿を消していたのだ。
何が起こったのかわからない。けれど、もうまるで跡形さえない。美咲の左の頬は、右頬と完璧な対称曲線を描いていた。
彼女は瞬きもせず長いこと鏡の自分を見つめた。そして文字通り、頬をつねってみた。――夢ではない。
 こぶが、消えた。二十年以上気に病んできた、最大のコンプレックスだった、あのこぶが。
信じられないが事実だった。美咲はへなへなとその場にしゃがみこんだ。涙がこぼれた。それほどに嬉しかった。そして美咲は、その歓びの中で確信していた。
(これって、きっと――) 

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