「村の寄り合いで聞いたんだが、このところ作物や家畜を食い荒らす者がいるそうだ」
「熊かしら」
瓜子姫は可愛らしい顔を曇らせた。
「それがどうも鬼らしい。寄り合いの連中は天邪鬼と呼んでいた」
あまのじゃく。
瓜子姫は爺様の言葉をなぞるようにつぶやいた。
「鬼なんて本当にいるのでしょうか」
「怖い怖い。瓜子姫よ、決して一人で外に出てはならんよ」
瓜子姫の疑問は婆様によって遮られた。婆様に抱きしめられながら、瓜子姫は頷いた。
いばらから出た姉玉は、いつしか天邪鬼と呼ばれるようになっていた。
小鳥を殺めて以来、天邪鬼は空腹を感じるようになった。そこで度々村へ下りては作物を荒らし、家畜の血肉を求めた。
村人たちは天邪鬼を恐れ、忌み嫌った。村人にとって天邪鬼は悪そのものだった。しかし天邪鬼は己の行いについて、善悪の判断がつかなかった。それ以前に善悪という概念自体を持ち合わせていなかった。ただ、村人から向けられる憎悪は鋭く感じ取ることができたため、自分が忌み嫌われていることと、自分の容姿が村人の恐怖を誘うほど醜いことだけは知っていた。
ある日、天邪鬼は芋を食い荒らし、民家の裏に逃げ込んだ。
その家からは女の美しい歌と小気味の良いトントンという音が聞こえてきた。天邪鬼はなぜかその音色に惹かれたのだった。それ以降、天邪鬼は腹が減っていなくても村に行き、その民家の裏に隠れて音色を聴くようになった。人のいない隙を狙ってそっと家の中を覗くと、美しい娘が木でできた不思議な道具を使っていた。それが瓜子姫で、機織りをしているのだということは後に知った。
天邪鬼はどうして音色に惹かれるのか分からなかったし、考えたこともなかった。
魂の片割れだから求めるのだろうか。しかし、もし瓜子姫の正体が自分の半身なのだと知っていたら、きっとこんなに純粋な気持ちでは音色を聴けなかったはずだ。瓜子姫と天邪鬼の境遇を考えれば。
数年が過ぎ、瓜子姫は町の裕福な若者のもとへ嫁ぐことになった。
爺様と婆様は、それはそれは喜んだ。村人たちが祝福し、天邪鬼も人の噂から瓜子姫の婚姻を知った。ひどい喪失感が天邪鬼を襲った。
輿入れの日、瓜子姫は花嫁衣装に身を包み、機の前に座っていた。
「瓜子姫よ、わしらは少し村長のところに行ってくるが、誰か訪ねて来ても決して開けてはならんよ」
「爺様の言う通りだよ。こんなめでたい日に、天邪鬼がやってきたら大変だ」
瓜子姫は淡く微笑んで二人を見送った。
一人になると、寂しいようなほっとしたような複雑な気持ちになった。
自分で望んだ婚姻ではないが不満はない。爺様と婆様があんなに喜んでいるのだから、これでいいのだ。瓜子姫は自分に言い聞かせ、馴染んだ機に触れた。
その時、引き戸を叩く音が聞こえてきた。