小説

『ふたつの子』卯月まり(『うりこひめとあまのじゃく』)

 一方の姉玉は、寂しいいばらの荒れ野に落ちた。
 幾重にも重なったいばらに囲われ、姉玉はろくに陽も届かない冷たい森の底に閉じ込められたのだった。
 姉玉を覆ういばらは、その鋭い棘で外敵から姉玉を守ったが、同時に姉玉自身も傷つけた。姉玉は常に血に濡れ、傷は癒えることなくまた新たな傷となった。姉玉の意に反して、身体は勝手に成長していく。大きくなるにしたがって、姉玉はますますいばらの檻に締め付けられていった。
 暗い森には姉玉の慟哭が響き、いばらの野にはどんな動物も寄り付かなくなった。
 それからどれだけの月日が流れただろう。数えることも不毛なほど何度も血を流した皮膚はいつしか老木のように硬くなり、その頃にはもはやいばらの棘では姉玉を傷つけることはできなくなっていた。しかし姉玉はいばらを破って外の世界に出たいとは思わなかった。姉玉に意志はなく、ただ無為に時を過ごすだけだった。
 そんなある日、色鮮やかな小鳥が姉玉の潜むいばらの上に飛んできた。姉玉にまるで気づかないところを見ると、人間に飼われ野性の警戒心を失った鳥に違いなかった。何も知らぬ顔でチッチと首を動かす仕草を眺めていると、姉玉に急な衝動が生まれ、我も分からず手を伸ばしていた。逃げ遅れた小鳥は呆気なく姉玉に捕まった。
 小鳥はもがきながらその小さなくちばしで姉玉を突いたが、姉玉はまるで痛みを感じなかった。ただ、暴れる小鳥の拍動はしっかりと伝わっていた。初めて触れる他の生命に、姉玉は小さく感動していた。しかし姉玉は力の加減を知らなかった。骨の折れる音が鳴り、小鳥は動かなくなった。
 姉玉は覚えたての感動を胸の底に消した。心が傷つくことを無意識のうちに避けたのだった。しばらく小鳥を掴んでいたが、やがて姉玉に浮かんだのは飢えだった。姉玉は本能のままに小鳥に噛みついた。血肉が姉玉の口内に溢れた時、姉玉は満たされるのを感じた。少なくとも空腹に関しては。
 その後まもなく、姉玉はいばらを掻き分けて、生まれて初めて外へ出たのだった。

 美しく成長した瓜子姫は、綺麗な声で歌い、上手に機織りをした。
 瓜子姫の織りものは評判が良く、爺様はもう山へ仕事に行く必要はなくなった。
「お前が家にやってきた時、婆様はお前を化け物かもしれないと怖がったんだ」
 それはいまや笑い話だった。
「やめとくれよ、恥ずかしい」
 婆様がたしなめる横で、瓜子姫は微笑んだ。爺様と婆様が楽しそうだと瓜子姫は嬉しかった。
 けれど。
 瓜子姫はぼんやりと思った。
 私は一体何なのだろう。
 瓜子姫はこの家に来る前のことを覚えていなかった。だが思い出そうとすると、自分の一部が欠けてしまったような焦燥が湧き上がってくるのだった。
「そういえばな」
 爺様は神妙な顔をして話し出した。

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